ハザードマップと物件価格の相関関係、私たちが大切にしていること

WELLSTAR AGENCY COLUMN

売却査定の依頼で現地に赴くと、オーナーがまず聞いてくるのが「ハザードマップって、うちの査定に影響しますか?」という言葉だ。10年前はほとんど出なかった質問が、今や毎月のように繰り返される。それ自体は健全な変化だと思う。ただ、聞き方の奥にある認識が少しずれていることが多い。「影響するかどうか」ではなく、「どう影響するのか、そしてどこまで読み切れているのか」が本当の問いのはずだ。

ハザードマップが価格に与える影響は「一律」ではない

国土交通省のハザードマップポータルサイトには、洪水・土砂災害・高潮・津波・内水氾濫と複数のレイヤーが重なっている。中級の投資家でも「浸水想定区域」と一口に言いながら、それが「外水氾濫(河川の越水)」なのか「内水氾濫(排水追いつかず)」なのかを区別していないケースがある。この違いは価格査定にも融資評価にも、全く異なる形で効いてくる。

外水氾濫、特に3m以上の浸水想定が記載されたエリアでは、金融機関の担保評価において土地評価を減額するケースが目立つ。具体的には、更地価格の10〜30%程度を評価から控除するという運用を採る地方銀行が2019年以降に増えた。これに対して内水氾濫の想定エリアは、現状では担保評価に反映するかどうかが金融機関によって大きくばらつく。同じ「浸水リスクあり」の物件でも、融資可能額に数千万円の差が生まれる。

市場価格への影響もシンプルではない。不動産取引価格の統計を地区別に追いかけると、洪水リスクの高いエリアが常に安いわけではなく、「駅距離・築年数・供給量」というより支配的な変数に隠れてしまうケースがほとんどだ。ハザードリスクが市場価格に可視化されやすいのは、一度実際に被災した地区、または自治体のハザード指定が大幅に更新された直後に限られる。つまり、価格への転嫁はリアルタイムではなく、イベント駆動型に近い。

10〜30%
浸水想定3m超エリアの担保評価減額幅(地方銀行平均)
2019年
金融機関がハザード情報を担保評価に組み込み始めた転換点
数千万円
同一物件でも内外水氾濫の違いで生まれる融資可能額の差

「重説義務化」が変えたこと、変えなかったこと

2020年8月、宅地建物取引業法の解釈運用が改正され、水害ハザードマップにおける物件の所在地説明が重要事項説明として義務化された。これにより「知らなかった」という買主側の主張が成立しにくくなった反面、実務では奇妙な慣行が定着しつつある。

仲介現場では、重説の場でA4一枚のハザードマップを提示し、担当者が「こちらが洪水浸水想定区域図です」と読み上げれば義務は果たせる。物件が浸水深0.5〜3mの区域に入っていても、それが何を意味するかの実質的な説明は求められていない。結果として、書類に押印は増えたが、買主の理解度は必ずしも上がっていない。

一方で変化したのは、売主側の開示責任に対する意識だ。仮に将来的に浸水被害が発生し、「説明を受けていない」という紛争になった場合、重説への署名がある以上、売主・仲介業者は守られやすい。しかしそれは「告知したか否か」の問題であって、「物件の本質的なリスクを共有できたか」とは別の話だ。私たちが現場で大切にしているのは、この二つを混同しないことだ。

融資評価と市場価格は別の動きをする――実例から見えること

横浜市鶴見区内で1棟マンションを保有していたA氏(50代・会社経営、妻と子2人)は、2021年に追加取得を検討していた埼玉県川口市の1棟アパートの融資打診を行った際に、想定外の壁に当たった。対象物件は築18年・8戸・利回り表面8.4%・価格6,800万円で、数字だけ見れば悪くない案件だった。しかし川口市内のその地区は荒川の外水氾濫想定区域(浸水深3〜5m)に指定されており、メインで使っていた地方銀行がその時点から担保評価に30%の減額を適用する運用に切り替えたばかりだった。

結果として、土地評価が大幅に圧縮され、融資可能額は当初想定から約1,800万円下振れた。A氏の自己資金計画はそこまでの追加投入を想定しておらず、結局この物件は見送りとなった。市場での売値自体は変わっていない。同じ物件を現金購入できる投資家にとっては影響ゼロだったが、融資活用が前提の中級投資家には実質的に「買えない物件」になっていた。ハザードリスクは市場価格を動かす前に、融資評価を先に動かす。A氏の事例はその典型だった。

「数字は問題なかった。でも融資が通らなければ同じことです。ハザードマップの区分けを、自分でもっと早く確認しておくべきでした」

A氏・50代・会社経営

もう一つの事例は、対照的に「知って動いた」ケースだ。大阪市淀川区で区分マンション3戸を持つBさん(40代・看護師、単身)は、次の一手として1棟アパートを探していた。候補に上がったのは大阪府寝屋川市内の築22年・6戸・価格4,200万円・表面利回り9.1%の物件だった。ハザードマップを確認すると対象地は内水氾濫の浸水想定区域には入っていたが、外水氾濫の指定はなし。加えて2021年に自治体が下水道幹線を整備した実績があることを現地調査で確認した。

Bさんは金融機関への打診前に、懇意にしていた信用金庫の担当者にこの情報を事前に共有した。担当者は稟議で「内水氾濫リスクについては自治体整備済み」と記載でき、土地評価の減額なしで稟議が通った。最終的に自己資金800万円を投入して購入に至り、現在は満室稼働が続いている。表面利回り9.1%が実質的にも機能しているのは、ハザード情報を「減点材料」ではなく「説明材料」として使い切ったからだ。

外水氾濫3m超(担保評価への影響大) 85%
外水氾濫0.5〜3m(金融機関により対応分かれる) 55%
内水氾濫のみ(整備状況で評価が変わる) 30%
土砂災害警戒区域(接道・建蔽率制限と連動) 40%

※各リスク区分が担保評価に影響する確率の目安(複数の地方銀行・信用金庫の運用実態をもとにした概算値)

ハザードマップの「読み方」で判断が変わる三つの視点

ハザードマップを開いて物件の色を確認するだけでは、実務上の判断材料にならない。現場で役立つのは、次の三つの視点を順番に重ねることだ。

「想定」の前提を確かめる

浸水想定区域図には「計画規模(L1)」と「想定最大規模(L2)」の二種類がある。L2は「1000年に一度」クラスの降雨を前提にした最大想定値だ。2019年の水防法改正以降、多くの自治体がL2の公表を進めているが、旧来のL1のみ掲載されているマップを参照して安心しているケースが今でもある。特に中小河川を抱える市町村ではL2への更新が遅れており、数年以内に区域指定が大きく拡大されるリスクがある。今の価格は「古いマップ前提」で形成されている可能性を常に疑う必要がある。

ハザードの種類を重ね合わせる

洪水ハザードだけを確認して安心するのは片手落ちだ。土砂災害警戒区域は洪水リスクとは全く異なるメカニズムで機能し、建築制限や既存建物の担保価値に直接影響する。また高潮浸水想定区域は沿岸部だけの話ではなく、大河川の河口部から相当距離内陸に入った地点まで指定されていることがある。一つの物件について、最低でも洪水・内水・土砂の三レイヤーを重ねて確認することが出発点になる。

行政の対策投資を調べる

ハザードマップは現状のリスクを示すが、自治体の治水・排水整備が進めば実態リスクは下がる。Bさんのケースで示したように、行政の整備実績と今後の計画は、融資稟議における「リスク軽減の根拠」として活用できる。各市区町村の下水道整備計画や河川改修計画は、公式サイトや都市計画関連書類から確認できる。これを調べている投資家はまだ少なく、そこに情報優位が生まれやすい。

出口まで見通した場合、何が変わるか

ハザードリスクの高い物件を保有することの本当のコストは、キャッシュフローではなく「出口の選択肢の狭さ」に現れる。融資評価が低い物件は、売却時の買主候補が現金購入者かローン比率の低い買主に限られる。市場参加者が減ることは、売却までの期間延長と値交渉余地の拡大を意味する。

加えて、気候変動の影響で水害リスクが上昇していくシナリオを前提に置くと、10〜15年後のL2マップ更新や、金融機関の担保評価基準のさらなる厳格化が現実的に起こりうる。今は「賃料も入るし空室もない」という状態でも、出口時点での市場流動性が著しく低下している可能性を事業計画に織り込んでいるかどうかで、保有判断の質が変わる。

項目 ハザード低リスクエリア 外水氾濫3m超エリア 内水のみ(整備済)
担保評価への影響 なし 土地評価の10〜30%減 金融機関による(軽微)
市場価格への影響(現時点) なし 被災後・マップ更新後に顕在化 限定的
出口時の買主層 広い 現金・低LTV層に限定 やや限定(説明次第で回復)
保険料への影響 標準 水災特約で割増の場合あり 軽微
L2更新リスク(将来) さらなる拡大可能性あり 排水整備状況による

私たちが現場で変えない判断軸

15年この仕事をやってきて、ハザードマップに対するスタンスは一度も変えていないことがある。「リスクがあるから買わない」でも「利回りが良ければリスクは許容」でもなく、「リスクを定量化した上で、誰がそのリスクを負うかを明確にしてから意思決定する」という順番だ。

投資家が自己資金を多く投入して低LTVで取得するなら、融資評価の低さは致命的でない。長期保有を前提にして出口を問わないなら、流動性リスクも許容範囲が広がる。しかし「利回りが高い」という一点で飛びついたとき、担保評価の圧縮で追加投資が詰まり、出口で流動性が枯れるという二重の詰まりに陥る。この構造を事前に見えていたかどうかが、中級投資家と上位投資家の差になっていると感じる。

ハザードリスクは物件の良し悪しではなく、「誰が・どのフェーズで・何の形で」そのリスクを引き受けるかの問題だ。自分のポートフォリオと資金構造に照らして初めて、そのリスクが許容範囲か否かが決まる。

もう一つ変えていないことがある。ハザードマップは「現在のリスク」を示しているが、マップ自体が変わるリスクを常にカレンダーに入れておくことだ。自治体のL2更新スケジュールは公開されているか、または問い合わせれば教えてもらえる。保有物件の所在地について、次のマップ更新がいつ予定されているかを把握している投資家は、実際にはほとんどいない。それを把握しているだけで、売却タイミングの判断に確実な差が出る。

「知っている」と「使いこなしている」の間にある距離

ハザードマップの存在を知らない投資家は今やほぼいない。重要事項説明で毎回目にしているからだ。しかし「L1とL2の違い」「外水と内水の違い」「担保評価への反映ルールの金融機関ごとの差」「行政整備計画の調べ方」「マップ更新スケジュールの確認方法」、これらを全て自分の武器として使いこなしている投資家はまだ少数だ。

情報が平準化された時代において、「知っているかどうか」はほぼ差にならない。差が生まれるのは、その情報を稟議書の説明材料に変換できるか、売却タイミングの判断に組み込めるか、融資交渉の前提として整理できるか、という実装の深さにある。Bさんが内水氾濫のリスクを「評価を下げる情報」ではなく「整備実績と合わせて説明すれば評価を守れる情報」に変換できたのは、この実装の深さを持っていたからだ。

あなたの保有物件のハザードリスクについて、担当金融機関がどういう評価ルールを持っているか、今この瞬間に答えられるだろうか。出口を想定したときに買主の融資がどの程度つきやすいかを、具体的に試算したことがあるだろうか。その問いへの答えが明確でないなら、そこが次の一手の出発点になる。

株式会社ウェルスターエージェンシー監修株式会社ウェルスターエージェンシー投資用1棟収益物件に特化した不動産仲介・コンサルティング会社。CF・IRR・DSCRを重視した数値ベースの投資判断と、融資戦略・出口戦略まで一貫して支援。東京都中央区に拠点を置き、首都圏・名古屋・関西圏の投資家へのアドバイザリー実績多数。宅地建物取引業免許 / 東京都知事(4)第92706号公式サイト wellstar-agency.com →

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