WELLSTAR AGENCY COLUMN
売却査定の場で、ある中堅仲介会社の営業部長がこんな言葉を漏らした。「専任でも一般でも、正直なところ動かしたい物件と動かしたくない物件はあります」。その言葉の意味を、当時の私は完全には理解していなかった。15年経った今は、あれが本質だったとわかる。
媒介契約の「種類」より先に考えるべきこと
多くの投資家は媒介契約の話になると、専任媒介か一般媒介かという二択に意識が向く。だが、その選択は仲介会社の内部で起きていることを変えない。変えるのは「この物件を一生懸命売れば、自分たちに何があるか」という動機の設計だ。
仲介会社は複数の売却依頼を同時に抱えている。営業担当者も同じだ。限られた時間と関係性を、どの案件に注ぐかは、意識的にも無意識的にも「利になるか」で決まる。これは批判ではなく、組織として当然の行動原理だ。投資家がこれを理解した上で媒介契約に臨むかどうかで、結果は明確に変わる。
手数料率は法定上限の3%+6万円で横並びに見えるが、実際には「片手か両手か」「売主側だけか買主側も取れるか」で会社の取り分は2倍違う。つまり同じ売却価格でも、仲介会社にとっての旨味は案件ごとに異なる。この非対称性を理解せずに「専任にしたから動いてくれるはず」と考えるのは楽観的に過ぎる。
専任と一般、それぞれが生む行動の差
専任媒介・専属専任媒介は、同一物件を複数社に依頼できない代わりに、依頼先の会社がレインズへの登録義務や定期報告義務を負う。一方、一般媒介は複数社に依頼できるが、各社の義務が緩く、動きが鈍くなりやすい。この仕組みは教科書通りだが、現場ではもう一層の心理が働く。
専任で依頼を受けた会社は、「他社に横取りされない」という安心感から、場合によっては動きが遅くなる。一般媒介の場合は「他社が先に決めてしまう」という焦りが行動を促すが、どの会社も「自社顧客に自社物件として紹介したい」と考えるため、積極的に他社バイヤーに案内しない事態も起きる。つまりどちらも、設計次第で機能もするし機能不全にもなる。
※上記数値は著者の実務経験・関与案件をもとにした概算目安。市場・物件種別により異なる。
見落とされがちなのは、専任を選んだ場合の「囲い込み」リスクだ。依頼先の会社が意図的に他社からの問い合わせをシャットアウトし、自社顧客だけに売ろうとするケースは現実に存在する。成約価格が低くなりがちで、売主は気づかないまま終わる。これを防ぐ方法は後述するが、まず「専任=安心」という思い込みを外すことが出発点だ。
「囲い込み」を見抜く具体的なシグナル
囲い込みは証拠を残さない形で行われる。「内見のアポが取りにくい」「問い合わせが少ない割に担当者は楽観的」「レインズの掲載状況がなぜか確認できない」という状況が重なるとき、疑いを持って正解だ。
確認手段として有効なのは、知人や別人格(家族名義など)で物件に問い合わせをしてみることだ。「紹介できない」「商談中です」などと返答がくる場合、実際にはそうでないのに遮断している可能性がある。担当者に直接「今週、他社からの問い合わせは何件ありましたか」と聞くのも有効だ。答えが曖昧なら要注意だ。
また、レインズの「登録証明書」を受け取り、公開ステータスが「公開中」になっているか確認する方法もある。専任媒介では5日以内の登録が義務だが、登録したうえで「取引状況」を「購入申込あり」に設定することで事実上の非公開にするグレーな運用も横行している。証明書を受け取っただけで安心せず、ステータスの中身まで確認することが必要だ。
担当者の「やる気スイッチ」はどこにあるか
横浜市内で1棟アパートを保有するA氏(50代・会社経営、妻と子2人)は、築22年・8戸・取得価格9,200万円の物件を売却しようとしていた。当初、地元の中堅仲介2社に一般媒介で依頼したが、4ヶ月間で内見は延べ3件にとどまった。売り出し価格は8,800万円、表面利回り7.2%という条件で、需要はあるはずだった。
A氏が転換したのは「担当者のモチベーション設計」を意識したことだった。1社に絞って専任とし、その際に「早期成約ボーナス」として、媒介期間3ヶ月以内に成約した場合に別途30万円の謝礼を会社側に払う旨を口頭で伝えた。法的な拘束力はないが、担当者にとっての「この案件を先に動かしたい」という動機になった。結果、2ヶ月弱で8,650万円の成約。最終的な手取りは大きく改善した。
「値引きして早く売るより、動いてくれる人を作る方が手残りは多かった。もっと早く知りたかった」
A氏・50代会社経営者
A氏のケースで見落とされがちなのは、金額以上に「担当者にとっての案件の優先度」が変わったという点だ。人は自分の利益に直結する仕事を先に動かす。それを批判するより、活用する発想が実際の成果につながる。
報酬以外で担当者を動かす要素
金銭的なインセンティブ以外にも、担当者が「やりやすい」と感じる案件には共通した特徴がある。売主の意思決定が速い、条件交渉の余地を明示されている、物件の状況(書類・鍵・告知事項)が整っている、内見の調整がしやすい時間帯を提示している──これらは担当者の業務コストを下げる。コストが低い案件は優先される。
「内見は平日夜も可能」「融資相談中のバイヤーでも動ける可能性あり」「価格は多少の相談余地あり」といった情報を初回面談で渡しておくと、担当者は「この売主はやりやすい」という印象を持つ。印象は行動を変える。
査定価格の「根拠」を解体する視点
仲介会社から出てくる査定価格には、大きく2種類の計算ロジックが混在している。積算・収益還元・比較事例の3軸で算出された数値と、「この価格なら依頼を取れる」という営業的判断だ。高い査定を出して媒介を獲得し、その後に値下げを促す手法は、投資用不動産の世界でも一般住宅と同様に存在する。
査定書を受け取ったとき、「なぜこの価格なのか」を根拠の一段下まで聞く習慣が必要だ。「周辺の成約事例が〜」という説明であれば、その事例の物件スペックと自物件の差異を確認する。「収益還元で〜」なら、何%の利回りを基準にしているか問う。その基準が現在の実際の取引とかけ離れていれば、査定価格も現実から離れている可能性が高い。
※著者の関与案件・ヒアリングをもとにした実務感覚値。
複数社に査定を依頼した場合、価格の幅が大きいほど「市場で織り込まれていない要素」が物件にあることを示す。その要素を自ら把握して交渉に活かせるかどうかが、売主の腕の見せどころだ。最高値を出した会社を即座に選ぶのではなく、なぜその価格になったのかを聞き込んだ上で判断するのが順序だ。
複数社関与の設計──一般媒介を機能させるための条件
大阪市淀川区でRCマンション1棟(築18年・12戸・取得価格1億4,500万円)を保有するB氏(40代・医師、単身)は、売却時に4社へ一般媒介で依頼した。3ヶ月間まったく動きがなく、担当者からの連絡も途絶えがちになった時点で、B氏は方針を転換した。
B氏が取った行動は、4社のうち実際に動いていた1社(問い合わせ件数・内見数を報告してきていた会社)だけを残し、残り3社を解約。その1社に専任媒介で切り替えた上で、担当営業に「なぜ他社が動かなかったと思うか」を質問した。返ってきた答えは「利回りの訴求が弱く、融資のつきにくいエリアとして認識されているから」だった。この情報をもとにB氏は価格を1,000万円下げ、別途アピール資料(満室稼働実績・修繕履歴・管理会社の評価シート)を整えた。成約まで45日、価格は1億3,100万円だった。
B氏のケースで見るべきは、一般媒介の失敗が「複数社に出したから」ではなく、「動いている会社の見極めと集中」をしなかった点にあったことだ。一般媒介を使うなら、定期的に各社から活動報告を取り、実際に動いている1〜2社に徐々に集中させていく運用が合理的だ。
「報告義務がない」を逆手に取る
一般媒介には定期報告義務がないため、活動の透明性は専任より低い。だが、「報告を求める売主」に変わることで自衛できる。媒介契約書に付帯する形で、「隔週で活動状況(問い合わせ件数・内見調整状況・反応のあったバイヤー層)の報告を求める」旨を明記または口頭で合意しておく。応じない会社は、最初から動く気がないと判断して差し支えない。
「売りやすい物件に見せる」ための情報設計
仲介会社が物件を買主に紹介する際、使う資料はほぼ売主から渡された書類と、会社が独自に作成するマイソク(物件概要書)だ。売主がどんな情報を渡すかで、仲介担当者の「売りやすさ」の体感が変わる。
特に収益物件で効果が高いのは、レントロール(入居者・家賃・契約期間一覧)の整備と、直近3年分の収支実績だ。これがあると、担当者は「融資を検討するバイヤーが銀行に持ち込みやすい」と判断し、紹介の優先度が上がる。反対に、口頭の説明だけで書面を出さない売主の物件は、担当者が「手間がかかる」と感じて後回しになる。
修繕履歴と管理会社レポートも同様だ。「いつ何を直したか」が紙で出てくる物件は、買主の不安が減り、交渉での値下げ幅も縮まる傾向がある。これは売主が主体的に作れる資料だ。費用ゼロで成約価格を守る手段として、情報の質は過小評価されている。
媒介を依頼した担当者に「これを使って顧客に説明してほしい」という意図で資料を渡す姿勢は、担当者の仕事を楽にする。楽にしてくれる売主の案件は動く。これは心理として当然だ。
契約前に確かめるべき「会社の内部構造」
最後に触れておきたいのは、媒介を依頼する会社そのものの「投資物件への対応力」だ。居住用仲介に強い会社と、収益物件に精通している会社では、バイヤーのネットワークも、融資が通りやすい銀行との関係も、担当者の知識レベルも異なる。
確認方法はシンプルで、「最近、似たような規模の収益物件で成約した事例を教えていただけますか」と聞くだけでいい。答えが即座に出てくる会社は実績がある。「あまりそのエリアでは…」と濁す会社は、そのカテゴリーの取引量が薄い可能性が高い。
あわせて、「融資をよくお願いする銀行はどこですか」という質問も有効だ。収益物件の融資に積極的な金融機関との太いパイプを持つ会社は、バイヤーを連れてくる力が違う。これは査定価格とは別軸の「成約力」の指標だ。
担当者個人の経験年数と、会社全体のネットワークは別物だ。経験豊富な担当者がいても、会社として収益物件の買主データベースが薄ければ、成果は出にくい。依頼先を選ぶ際にその両方を確認しているかどうかで、依頼後の展開は変わる。
あなたが今、売却を検討している物件を「仲介会社の目線で見たとき、動かしたくなる案件か」という問いを立ててみてほしい。その視座が一つあるだけで、媒介契約の前に打てる手は確実に増える。
FOR SUBSCRIBERS
不動産投資コラムを
定期的にお届けします
1棟収益物件投資に役立つ、
実務家ならではの視点と最新の市況を、
LINEまたはメールでお届けします。
配信は週1〜2回。ご不要になれば、いつでも解除いただけます。
配信: 株式会社ウェルスターエージェンシー






