海外投資家をターゲットにした出口戦略で見落としがちなこと

WELLSTAR AGENCY COLUMN

売却相談の席で、こんな言葉を何度聞いたかわからない。「買い手は海外の方でもいいです。むしろそちらのほうが高く売れると聞きました」。確かに一面の真実はある。ただ、その後の手続きが国内売買とまったく異なる構造をしていることを、ほとんどの売り手が把握していない。高値で売れた、と思った翌月に源泉徴収や追加課税の通知が届き、手残りが当初試算を数百万単位で下回る──そういう結末を、私はこの15年で何件も見てきた。

海外投資家を「出口の切り札」と考える前に知っておくべきこと

日本の不動産市場への海外資金流入は2010年代後半から本格化し、特に東京・大阪の商業系物件や、利回りが見えやすいアパート・マンション一棟物が対象になってきた。円安局面では割安感がさらに増すため、売り手側から見ると「いまが売り時」という感覚は間違っていない。

ただし海外投資家向けの出口は、国内向けの売却と比べて「法務・税務・金融」の三領域で別ルールが適用される。この三つが複合的に絡み合うため、どれか一つを押さえるだけでは不十分だ。それぞれの落とし穴を、現場で見た実例と数字を交えながら掘り下げる。

源泉徴収義務を売り手が負うケースがある

国内同士の不動産売買では、売り手が自分で確定申告して譲渡所得税を納める。しかし売り手が個人、かつ買い手が非居住者または外国法人の場合、話が逆転する場面がある。所得税法161条・212条の枠組みでは、非居住者が日本国内の不動産を購入するにあたって、売り手への支払い時に買い手が源泉徴収をする義務を負う。つまり買い手側に源泉徴収義務が生じるのが原則だ。

ところが実務で頻繁に問題になるのは「売り手が法人で、買い手が海外法人の場合」だ。このケースでは源泉徴収のスキームが変わり、かつ取引後の申告手続きも国内取引より複雑になる。さらに買い手が租税条約締結国の法人か否か、また日本国内に恒久的施設(PE)を持つかどうかによって適用税率が変動する。

売り手側の投資家がしばしば見落とすのは、この「売却後の入金額」と「手取り額」の乖離だ。源泉分が差し引かれた状態で入金され、後から還付請求するにしても時間がかかる。キャッシュフロー計画に組み込んでいないと、次の物件購入のタイミングで資金不足に陥る。

10.21%
非居住者への不動産売却時の源泉徴収税率(居住用以外)
最長6ヶ月
源泉還付申請から実際の還付までの目安期間
¥200万〜
専門家費用を含む追加コストの相場感(案件規模による)

海外買い手が融資を使う場合、国内金融機関の評価が足を引っ張る

「海外投資家はキャッシュで買う」という認識は半分しか正しくない。シンガポールや香港の富裕層個人はキャッシュ比率が高いが、海外の不動産ファンドや法人が日本法人を設立して購入するケースでは、国内の金融機関からの融資を活用することが多い。この場合、売り手の物件がどう評価されるかが取引成立の鍵になる。

問題は担保評価だ。築古物件(木造20年超、RC30年超)は積算評価が著しく低くなり、融資可能額が売買希望価格を大幅に下回る。さらに外資系の買い手法人は設立間もないケースが多く、それ自体が国内金融機関の融資審査で不利に働く。結果として「買います」と言った買い手が、融資条件が整わず破談になる──これが海外投資家向け売却で最も多い失敗パターンだ。

売り手としては「買い手の融資付けが可能かどうか」を仲介業者に確認するだけでなく、どの金融機関がその案件を検討しているかまで確認する必要がある。ノンバンクや信用金庫が使われるケースも多く、その場合は金利・条件が通常より厳しくなり、買い手の資金繰り負担が増す。それが価格交渉の場面で「値引き圧力」として戻ってくる。

キャッシュ購入(個人富裕層) 42%
国内金融機関融資(海外法人の日本子会社経由) 35%
海外現地融資+国内担保設定 15%
その他(ブリッジローン等) 8%

※筆者が2018〜2023年に関与または情報収集した海外投資家向け売却案件(約60件)の概算。公的統計ではない。

「言語・商慣習の壁」が契約後に現れる

大阪市淀川区で築22年・総戸数18戸のRCマンション(取得価格1億8,000万円、満室時表面利回り7.2%)を保有していたB氏(60代・元商社勤務、単身)の案件は、契約直前まで順調だった。買い手は香港の不動産投資会社で、提示額は2億1,500万円。仲介業者を通じた交渉も進み、売買契約書の英文版も用意された。ところが署名の段階で、買い手側の弁護士から「売買契約書の一部条項が香港法準拠に書き換えられていた」ことが判明した。

具体的には、引渡し後のかし(瑕疵)担保責任の範囲と期間が、日本の民法の規定より買い手に有利な内容に変更されていた。B氏の担当弁護士がこれを発見し、差し替えを要求したが、買い手側が難色を示して交渉は4ヶ月停滞。最終的に落とし所を見つけて契約は成立したものの、追加の弁護士費用と時間的コストがかかり、実質の手取りは当初試算より約180万円減少した。

「英文契約書を用意してくれると聞いて、てっきりこちらが有利になると思っていた。まさか契約書の構造ごと変えようとしてくるとは」

B氏・60代・元商社勤務

海外投資家との取引では、契約書の「準拠法」と「紛争解決条項」の確認が欠かせない。日本法準拠、日本の裁判所を管轄とすることを売り手側から先に明記しておくことが、後のトラブル予防になる。これは仲介業者に任せるだけでは不十分で、売り手側が独自に不動産専門の弁護士を立てる費用(30〜80万円程度)を最初からコストとして計上しておく必要がある。

英文DDへの対応コストを見積もりに入れているか

もう一つ現場で見落とされがちなのが、デューデリジェンス(DD)への対応コストだ。海外の機関投資家やファンドは、国内投資家より徹底したDDを行う。レントロール・修繕履歴・管理委託契約書・土地境界確認書・検査済証・消防設備点検報告書……これらすべての英訳・整理を求めてくるケースがある。

翻訳費用は書類の量によるが、一棟マンション案件では20〜50万円かかることが珍しくない。また、売り手側で書類が揃っていない場合(検査済証が存在しない、管理会社との契約書が更新されていないなど)は、それ自体が取引の障害になる。買い手が「問題あり」と判断すれば価格引き下げ交渉の材料にされる。

外為法・不動産取得届出の手続きが取引スケジュールに影響する

外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づき、外国投資家が一定の業種または特定の地域にある不動産を取得する場合、財務省への事前届出または事後報告が必要になる。2021年の改正外為法施行以降、安全保障上の観点から対象業種・エリアが拡大されており、特に自衛隊施設や原子力関連施設の周辺区域では事前届出が求められる。

都市部の物件だからといって対象外と決めつけるのは危険だ。たとえば神奈川県横須賀市や静岡県御殿場市周辺の物件は対象になりうるし、空港近接物件も確認が必要なケースがある。審査期間は最大で6ヶ月かかる可能性があり、取引スケジュールを大きく狂わせる。売り手側も「買い手が届出を出しているか」を確認し、引渡し日の設定を余裕を持って行う必要がある。

横浜市中区で築15年・総戸数8戸の木造アパート(取得価格6,500万円、表面利回り8.4%)を保有していたC氏(40代・IT企業勤務、共働き夫婦)の案件では、この外為法の届出が盲点になった。買い手は台湾系の不動産法人で、物件の近隣に海上自衛隊の関連施設があったため、事前届出が必要と判明した。C氏と仲介業者はこれを把握しておらず、契約締結後に発覚。引渡し日を3ヶ月後ろ倒しにせざるを得なくなり、その間の管理・維持コストとローン返済が続いた。

最終的に売却価格7,900万円での取引は成立し、キャピタルゲイン自体は1,400万円と満足のいく結果だった。しかし引渡し遅延の期間中に発生した修繕費(給湯器交換1基・約15万円)と、追加の仲介手数料の一部が売り手負担となり、手残りは試算より約30万円減少した。金額は小さくとも、「なぜ事前に確認しなかったのか」という後悔は残ったとC氏は言っていた。

外為法の届出要否は「物件の近隣に何があるか」で決まる。都市部・住宅地だからといって自動的に対象外にはならない。売却を検討し始めた段階で、国土交通省または法律の専門家に所在地を示して確認を取る習慣をつけることが、後のスケジュール崩れを防ぐ。

売却益の税計算:非居住者が買い手の場合の「隠れコスト」比較

項目 国内投資家への売却 海外投資家(非居住者)への売却
源泉徴収義務 原則なし(売り手が確定申告) 売買構造によって買い手に源泉徴収義務が生じる場合あり
譲渡所得税率 長期:20.315%、短期:39.63% 同左(ただし租税条約の適用有無で変動)
契約書準拠法 日本法が自動的に適用 交渉次第で変更リスクあり・要明記
DD対応コスト 軽微(日本語資料のみ) 英訳・整理費用:20〜50万円程度
外為法届出 不要 物件所在地・買い手属性により事前届出が必要
弁護士費用(売り手側) 0〜20万円(任意) 30〜80万円(実質的に必須)
引渡しまでの標準期間 契約から1〜3ヶ月 3〜6ヶ月(外為法審査込みでさらに延長可能性)

価格の高さだけで出口を選ぶと、手残りが逆転することがある

ここまで挙げてきたコストを積み上げると、海外投資家への売却で「上乗せされた価格」が完全に吸収されてしまうケースは珍しくない。試算してみると分かるが、国内投資家への売却価格が2億円で、海外投資家への売却価格が2億1,500万円だとしても、以下のような追加費用が発生すれば手残りの差は僅少か逆転する。

弁護士費用60万円、英文DD翻訳費用35万円、引渡し遅延中の維持費・ローン返済の追加負担(2ヶ月分)として約60万円、源泉還付の時間的コスト(資金拘束による機会損失)……これらを足すと、差額1,500万円のうち150〜200万円程度はコストに消える計算になる。これに仲介手数料の構造(海外投資家案件では両手仲介が多く、売り手への交渉力が弱まりやすい)も加えると、最終的な優位性は想定より薄い。

だからといって「海外投資家には売るな」ということではない。物件タイプ・立地・売り手の時間的余裕・次の投資計画との兼ね合いによっては、追加コストを払ってでも海外資本に売るほうが合理的な判断になる。ただしその判断は、全コストを見積もった上で行うべきだ。「高く買ってくれそう」という感覚だけで動き始めると、手続きが進むにつれて引き返せなくなる。

出口戦略の検討開始タイミングが遅すぎる

現場で繰り返し見るパターンがある。海外投資家への売却を検討し始めるのが「出口の半年前」という売り手だ。国内向けなら半年あれば十分だが、海外向けはその2倍の期間を想定して動かないと、外為法の審査待ちやDD対応、弁護士の選定・起用を並行して進める余裕がなくなる。

具体的には、物件保有から「そろそろ出口を考える」と思い始めた段階で、以下を整備しておくと後が楽になる。まず書類の棚卸し──検査済証・境界確認書・修繕履歴・賃貸借契約書の最新版がすべて手元にあるか確認する。次に、外為法の届出要否を所在地ベースで確認する。そして買い手候補の国籍・法人形態によって源泉徴収と準拠法が変わることを念頭に、税理士・弁護士の体制を先に固める。

「売れてから考える」では遅い。スキームの設計は売却の意思決定よりも前に始まっている。

それでも海外出口が「有効な選択肢」である理由

厳しい話ばかり続けたが、海外投資家向けの出口が有効に機能するケースは確かにある。特に以下のような条件が重なる物件では、国内投資家だけを相手にするより明確に有利になる。

立地が外国人観光客・ビジネス客の需要と結びついているエリア(東京港区・大阪中央区・京都東山区など)、あるいは利回りが国内基準では高すぎて国内投資家が購入しにくい水準(表面10%超の地方物件など)、さらには物件規模が大きく(5億円超)国内の個人投資家の購買力を超えているケース。これらでは海外資本が実質的に唯一の出口になりうる。

その意味では、保有中の段階から「この物件の出口として海外投資家はどれほどリアルな選択肢か」を定期的に評価しておくことに意味がある。相場観だけでなく、自分の物件のDDに耐えられるかという観点で棚卸しをしておくと、いざという時の対応速度がまったく違う。

海外出口を「切り札」として温めるなら、その切り札を使える状態に物件を管理しておくことが前提になる。書類が揃っていない物件、境界が曖昧な土地、修繕記録が不完全なアパート──これらは国内投資家には売れても、海外の機関投資家向けには「値引き材料の塊」にしかならない。

あなたが今保有している物件は、海外投資家のDDに耐えられる状態か。それを自問するだけで、出口戦略の具体性はかなり変わってくる。

株式会社ウェルスターエージェンシー監修株式会社ウェルスターエージェンシー投資用1棟収益物件に特化した不動産仲介・コンサルティング会社。CF・IRR・DSCRを重視した数値ベースの投資判断と、融資戦略・出口戦略まで一貫して支援。東京都中央区に拠点を置き、首都圏・名古屋・関西圏の投資家へのアドバイザリー実績多数。宅地建物取引業免許 / 東京都知事(4)第92706号公式サイト wellstar-agency.com →

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配信: 株式会社ウェルスターエージェンシー

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