WELLSTAR AGENCY COLUMN
確定申告の直前に「領収書のPDFがあれば大丈夫ですよね?」と聞いてくる大家が、毎年必ず数人いる。答えは「場合によってはアウト」だ。電子帳簿保存法(以下、電帳法)は2024年1月から宥恕措置が終了し、電子取引データの電子保存が完全義務化された。しかし法律の条文を読んでも「自分の物件管理にどう当てはまるか」が見えにくく、結果として対応が中途半端なまま放置されているケースが多い。
「電子保存に切り替えた」だけでは要件を満たさない理由
電帳法が求める保存方法には、大きく三つのカテゴリがある。①電子帳簿等保存(会計ソフトで作成した帳簿・決算書の保存)、②スキャナ保存(紙で受け取った書類をスキャンして電子保存)、③電子取引データ保存(メールやウェブで受け取ったデータをそのまま保存)だ。
2024年以降に義務化されたのは③の電子取引データ保存だけであり、①と②は任意だ。しかし多くの大家が「クラウドに入れた」という行為を三つすべてに対応したと誤解している。実際には、楽待や健美家で取り寄せたレントロールのPDF、管理会社からメールで届く送金明細、電力会社のウェブサイトからダウンロードした電気代の領収書PDFは、すべて③の対象になる。これらは「そのまま保存すればいい」わけではなく、検索要件を満たした状態で保存しなければならない。
検索要件とは、取引年月日・取引金額・取引先名で検索できる状態を意味する。フォルダに無造作に突っ込んだPDFの山は、この要件を満たさない。ファイル名を「20240315_○○管理会社_送金明細_85000円.pdf」のように命名するか、対応するクラウドサービスに登録するかの二択になる。ファイル名での対応は低コストだが、件数が多い物件では運用ミスが起きやすい。
スキャナ保存を選んだ大家が踏む地雷
紙で受け取った書類、たとえば修繕業者の領収書や固定資産税の納付書を電子化して原本を廃棄したい──そう考えてスキャナ保存に移行する大家も増えている。しかしこれは任意の制度であり、要件が③より格段に厳しい。
スキャナ保存の要件で見落とされやすいのがタイムスタンプだ。書類を受け取ってから最長で翌月末(最大約2ヶ月)以内にタイムスタンプを付与しなければならない。タイムスタンプとは、第三者機関が「この日時にこのデータが存在した」と証明するもので、対応したクラウドサービス(freee・マネーフォワードクラウド・Dropbox Businessの一部プランなど)を使うか、専用のタイムスタンプサービスに別途契約する必要がある。
スマートフォンで領収書を撮影してGoogleドライブに保存しているだけでは、タイムスタンプ要件を満たさない。これを「スキャナ保存に対応した」と思っている大家は意外に多い。スキャナ保存を選ぶなら、対応サービスへの移行と運用フローの整備をセットで行う必要がある。そうでなければ、紙の原本を捨てた瞬間に証憑が消滅するリスクがある。
管理会社との契約を見直さないと起きること
大阪市淀川区で築22年・12戸の木造アパートを保有するT氏(40代・会社員・共働き・子ども2人)は、2023年末に管理会社を切り替えた際に電帳法対応を見直した。前の管理会社は毎月の送金明細を郵送で送っていたが、新しい管理会社はオーナーポータルからのダウンロードに一本化していた。
T氏はダウンロードした送金明細PDFをフォルダに保存していたが、ファイル名は管理会社の自動命名のまま(例:「statement_2024_03.pdf」)で、検索要件を満たさない状態だった。顧問の税理士から指摘されたのは翌年2月の確定申告直前で、過去12ヶ月分のファイル名を手動でリネームする作業が発生した。物件1棟・12戸でも月次の明細、工事見積・請求書、保険料の領収書などを合算すると年間60〜80件の電子データが発生しており、リネーム作業だけで丸一日を費やしたという。
より深刻だったのは、修繕業者から受け取ったLINEの見積もり画像だ。LINEで送られたPNG画像も電子取引データの対象になるが、T氏はそれを保存していなかった。幸い業者に頼んでPDFで再発行してもらえたが、廃業した業者からは再取得できない。LINEやチャットで届く画像・PDFは、受け取った時点で保存フローに組み込む必要がある。
※筆者が複数の大家の電子取引データを棚卸しした際の件数比率の目安。物件規模・業種によって異なる。
消費税の仕入税額控除と電帳法の連動を知らないと損をする
課税売上高が1,000万円を超えた大家、または法人化して消費税課税事業者になった大家にとって、電帳法は消費税の問題とセットになる。2023年10月から導入されたインボイス制度(適格請求書等保存方式)では、仕入税額控除を受けるために適格請求書(インボイス)の保存が義務付けられた。このインボイスが電子データで届いた場合、電帳法の電子取引データ保存要件も同時に満たさなければならない。
つまり、インボイスを受け取ったのに検索要件を満たさない形で保存していると、消費税の仕入税額控除を否認されるリスクが生じる。電帳法の不備が税務調査で消費税の追徴課税につながる──という連鎖だ。不動産賃貸業は基本的に非課税売上が多いが、事業用テナントを含む物件、駐車場収入、太陽光の売電収入などが混在する場合は課税売上も発生し、課税事業者の地位が生じやすい。自分が課税事業者かどうかを確認しないまま電帳法だけ対応した大家は、この連鎖に気づいていないことが多い。
インボイスが電子で届く主な場面
管理会社が発行する管理委託費の請求書、修繕業者のPDF請求書、電力・ガス会社のウェブ請求書、保険会社のメール送付明細など。これらがすべて電子取引データ保存の対象になる。インボイス登録番号の確認と電子保存の二重要件を満たす必要があり、受領フローを一本化しないと抜け漏れが起きる。
法人化した大家が陥る「帳簿の信頼性」問題
埼玉県川口市で一棟マンション(築18年・20戸・取得価格1億2,000万円・表面利回り7.4%)を法人名義で保有するK氏(50代・元商社マン・妻と子ども1人)は、2024年春の税務調査で帳簿の信頼性を問われた。
K氏の法人は会計ソフトで帳簿を作成しており、電子帳簿等保存(①のカテゴリ)を選択していた。電子帳簿等保存には「一般電子帳簿」と「優良電子帳簿」の二種類があり、優良電子帳簿として届出をしていれば、過少申告が発覚しても過少申告加算税が5%に軽減される。しかしK氏の法人は届出書(「国税関係帳簿の電磁的記録による保存等の承認申請書」)を提出しておらず、一般電子帳簿の扱いになっていた。
税務調査では実態として問題はなかったが、調査官から「優良電子帳簿の届出があれば、今後過少申告が生じた場合の加算税が軽減される」という説明を受けた。K氏はそれまで届出の存在すら知らなかった。優良電子帳簿の要件(訂正削除の履歴が残る・帳簿間で金額の相互関連性が確認できる・日付・金額・取引先で検索できる)を満たす会計ソフトは多く、実質的に設定だけで対応できるケースが多い。届出書を出すだけでリスクを下げられるオプションを放置している法人大家は少なくない。
「調査官に言われるまで届出の存在を知らなかった。顧問税理士も触れてこなかった。会計ソフトを使っているだけで対応済みだと思っていた」
K氏・50代・川口市在住の法人オーナー
税理士任せが通じない「運用」の部分
電帳法対応で税理士が関与できるのは、制度の説明・ソフトの選定・届出書の作成までだ。日々の証憑受け取りフロー・ファイル命名規則・保存場所の運用は、大家自身(または管理担当者)が行う。税理士が年一回の申告で書類を確認したとき、すでに保存要件を満たさない状態で1年分が積み上がっていても、さかのぼっての修正は困難なことが多い。
現実的な対応として、月に一度「電子取引データの棚卸し」の時間を30分設けることを勧めている。その月に受け取った電子データを一覧し、ファイル名の命名規則が守られているか、LINEやメールの添付ファイルが保存フォルダに移されているか、インボイス登録番号の確認が済んでいるかを確認する。これを怠ると年度末に大量の後処理が発生し、修繕業者が廃業していたり管理会社が担当者交代していたりして再発行を断られるケースが出てくる。
クラウドサービス選びで確認すべき機能
電帳法対応をうたうサービスは増えているが、すべてが三つのカテゴリを網羅しているわけではない。選定時に確認すべき機能は、検索要件(年月日・金額・取引先)への対応、タイムスタンプの自動付与(スキャナ保存を選ぶ場合)、訂正削除履歴の保持(優良電子帳簿の要件)の三点だ。不動産専業の個人大家であれば、freee会計・マネーフォワードクラウド会計の有料プランが要件を概ねカバーしている。法人で複数棟管理する場合は、管理会社のオーナーポータルとの連携可否もあわせて確認する。
税務調査で実際に何を見られるか
不動産賃貸業の税務調査は、申告所得が大きくなるほど頻度が上がる傾向がある。調査官が電帳法絡みで確認するのは、電子取引データの保存漏れ・検索要件の充足・スキャナ保存を選んでいる場合のタイムスタンプの有無の三点が主軸だ。現時点では電帳法の不備単独で重加算税が課されるケースは少ないが、不備を起点に他の申告内容を深掘りされるリスクはある。「帳簿が整っていない事業者」というラベルを貼られると、調査の目線が変わる。
一方で過度に身構える必要もない。電帳法の運用が始まって日が浅く、調査官側も「段階的に改善しているかどうか」を見ている段階だ。ただし「知らなかった」が通じるのは今のうちで、制度定着とともに厳格化されるのは過去の税制改正が示すパターンだ。今のタイミングで運用フローを固めることが、数年後の調査リスクを下げる最も経済的な選択になる。
比較表として、各カテゴリの要件と対応コストをまとめる。
| カテゴリ | 義務/任意 | 主な対象書類 | 核心要件 | 未対応リスク |
|---|---|---|---|---|
| ①電子帳簿等保存 | 任意(届出で優遇あり) | 会計帳簿・決算書 | 訂正削除履歴の保持・3項目検索 | 加算税軽減の恩恵なし |
| ②スキャナ保存 | 任意 | 紙で受け取った領収書・請求書 | タイムスタンプ付与・解像度200dpi以上 | 原本廃棄後に証憑消滅 |
| ③電子取引データ保存 | 義務(2024年〜) | メール・PDF・ウェブ請求書 | 3項目検索・7年保存 | 仕入税額控除の否認リスク |
今日から動ける最小限の整備
大掛かりなシステム導入を先にしようとすると、検討だけで時間が溶ける。まず手をつけるべきは、電子取引データの保存ルールを自分の物件管理に当てはめた「対象書類リスト」の作成だ。自分の物件でどこから電子データが届くか(管理会社・電力会社・ガス会社・保険会社・修繕業者・LINEのやり取りなど)を書き出し、それぞれのファイル名規則と保存フォルダを決める。これだけで③の検索要件を満たす基盤ができる。
次に、法人化しているなら優良電子帳簿の届出書を税理士に依頼して提出する。届出だけなら費用は軽微で、過少申告加算税の軽減効果は一度の税務調査で十分に回収できる金額差になりうる。スキャナ保存は、対応サービスの契約が整うまで無理に始めない。要件を満たさないスキャンを行って原本を捨てた場合のリスクの方が、紙のまま保管するリスクより大きい。
電帳法の対応は「一度やれば終わり」の仕事ではなく、管理会社の変更・新規物件取得・法人設立などのタイミングで書類の流れが変わるたびに見直しが必要だ。物件が増えるほど電子データの件数も増え、フローが崩れやすくなる。整備のコストが低い今の棟数のうちに運用ルールを固めておくことが、結果として拡大時の事務コストを抑える。
自分の手元にある電子データが、今この瞬間に検索要件を満たしているかどうか──確認してみると、意外な抜け穴が見つかるはずだ。
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配信: 株式会社ウェルスターエージェンシー






