専従者給与の設定と税務署の視点、私たちが大切にしていること

WELLSTAR AGENCY COLUMN

税務調査官が最初に見る書類

先日、埼玉県川口市で4棟・全28室のアパートを運営するKさん(60代・元サラリーマン、妻と二人暮らし)から相談を受けた。「妻への専従者給与を月30万円にしているが、これは多すぎるか」という問いだった。調査官が来たとき、Kさんが最初に見せたのは業務日誌でも契約書の一覧でもなく、通帳だった。それだけで「実態はあるか」の半分が決まる、と調査官は言ったという。

専従者給与は青色申告をしている個人事業主(不動産所得で事業的規模を満たす場合)が、生計を一にする配偶者や親族に給与として支払い、全額を必要経費に算入できる制度だ。法人の役員報酬とは異なり、個人の青色申告では「届出に記載した範囲内」かつ「労務の対価として相当な金額」という二重の要件を同時に満たす必要がある。税務署が見るのは、この二重要件の内側にある「実態」だ。

「事業的規模」の壁を超えているか

専従者給与を経費に算入するための大前提が、不動産貸付が事業的規模であること、いわゆる5棟10室基準を満たしていることだ。アパートなら10室以上、戸建てや店舗なら5棟以上が形式的な目安になるが、これは税務署が機械的に判断する数値ではない。管理の複雑さ、修繕対応の頻度、入退去の件数なども含めて「継続的・営利的な事業」かどうかを総合評価する。

規模の境界線上にいる投資家ほど、ここを曖昧にしたまま届出だけを先に出してしまう。届出が受理されること(税務署の窓口で返ってくること)と、後の調査で認められることは別の話だ。届出の受理は内容の承認ではなく、「受け取った」という事実の確認に過ぎない。

専従者給与の経費算入が認められた(実態あり・根拠明確) 82%
一部否認(業務記録の不備・過大認定) 13%
全額否認(実態なし・事業的規模未達) 5%

※筆者が関与した税務調査案件(過去10年・個人不動産投資家42件)の概算内訳

金額の「相当性」をどこで判断するか

税務署が専従者給与の金額を否認する際の根拠は所得税法第57条で、「その労務の対価として相当な金額」を超えているかどうかだ。「相当か」を判断する際、調査官が実際に参照するのは同種・同規模の事業において第三者(外部の管理会社や事務員)に同じ業務を委託した場合の相場だ。

賃貸管理の外注費は、物件の規模や地域によって差があるが、家賃収入の3〜8%が一般的な幅だ。年間家賃収入が1,200万円の物件なら、外注なら年間36万〜96万円の範囲に収まる。これを月額に換算すると3万〜8万円。ここに「経理・確定申告補助・修繕業者の手配・入居者対応」を全部含めて月30万円の給与を設定すれば、同規模の外注費との乖離は誰が見ても明白だ。

逆に言えば、外注費の相場に加えて「経営補助」「書類整理・税務対応」「遠隔地物件の現地確認」などの固有業務を積み上げ、月額に換算した根拠を作れれば、金額の説明は可能になる。Kさんのケースでは、4棟28室の管理に加え、年2〜3回の遠方物件(仙台市内・1棟)への出張同行と修繕業者との交渉を妻が担っていた。この実態を業務台帳に残し、調査の場で示したことで、月30万円は「相当の範囲内」と判断された。

「調査官に業務日誌を見せたとき、『これだけ動いているなら分かります』と言われました。書類があるとないとでは、全然違うんですね」

Kさん・60代・元サラリーマン、川口市在住

届出のタイミングと変更のルール

青色事業専従者給与に関する届出書(以下、届出書)は、その年の3月15日まで(事業開始が1月16日以後の場合は事業開始から2か月以内)に所轄税務署へ提出しなければならない。期限を1日でも過ぎると、その年は専従者給与を経費算入できない。これは実務上、最も多く見る失敗のひとつだ。

届出書には「給与の金額または計算方法」を記載する欄があり、この欄に書いた金額が「上限」になる。たとえば届出に「月額25万円」と記載してあれば、25万円を超えて払った分は経費として認められない。反対に、届出額を下回る実際の支払いはそのまま経費算入できる。届出書の記載額は「実際に支払う金額の上限」と認識しておくと、余裕を持った設定ができる。

金額を変更したい場合は、変更後の給与を支払う月の前月末日までに変更届出書を提出しなければならない。「決算が近づいたから増額しよう」という後付け変更は認められない。この時間的制約を理解せずに期中で給与を上げ、後で追徴を受けるケースは今も絶えない。

3月15日
届出の原則提出期限(当年分)
前月末
給与変更届の提出期限
6か月超
「専ら従事」の最低日数基準

「専ら従事」の解釈で揉める場面

専従者給与のもうひとつの落とし穴が、「その年を通じて6か月を超える期間、専らその事業に従事していること」という要件だ。この「専ら」が、配偶者が別の仕事(パート・アルバイト・個人事業)を掛け持ちしている場合に問題になる。

横浜市港北区で1棟8室のアパートを保有するT氏(40代・会社員、妻はパート勤務)は、2020年に専従者給与の届出を提出し、妻へ月15万円を支払ってきた。しかし2023年の税務調査で、妻が週3日・月10万円超のパート収入を得ていたことが判明し、「専ら不動産事業に従事しているとは認めがたい」として専従者給与の全額が否認された。追徴税額は3年分で約180万円。1棟8室・築22年・購入価格3,800万円・表面利回り6.8%の物件から得る収益の大半が一度に消えた計算だ。

税法上、「専ら従事」の例外規定として「他の職業がその性質上その年のうちに特定の期間のみに従事するものである場合」は掛け持ちが認められるが、常勤に近いパート勤務はこれに該当しない。妻が不動産事業の専従者として認められるためには、他の収入を生む仕事を「主軸」にしてはいけない。この境界線を曖昧にしたまま届出を出してしまう投資家が、実際には少なくない。

専従者給与の経費算入は「届出をしたこと」ではなく「業務の実態・専従の事実・金額の相当性」の3つが揃って初めて成立する。この3つのどれか一つが崩れた瞬間、過去に遡って否認される。

法人化との比較で見えてくる選択軸

規模が大きくなるにつれて、「法人を設立して役員報酬にした方が良いのでは」という話が出てくる。法人の役員報酬は、定期同額給与の要件(毎月同額・期首から3か月以内に決定)を守る限り、個人の専従者給与より設定の自由度が高い面もある。一方で、法人設立・維持コスト(登記費用・法人住民税均等割・税理士費用の増加)と、法人に物件を移す際の譲渡税・不動産取得税の負担も現実として存在する。

項目 個人(青色専従者給与) 法人(役員報酬)
経費算入の上限 届出記載額(相当性も必要) 定期同額給与なら原則全額
変更のルール 変更前月末までに届出 事業年度開始3か月以内に決議
「専ら従事」要件 あり(6か月超) なし(役員は兼業可)
社会保険への影響 専従者が扶養を外れる場合あり 役員報酬に応じた社保加入
設立・維持コスト なし 年間20〜50万円超が目安
物件移転時の課税 なし(個人所有のまま) 譲渡税・不動産取得税が発生

個人の専従者給与制度は、小回りがきく代わりに実態要件が厳しい。法人の役員報酬は、制度としての安定性が高い代わりに、移行コストと維持費が先に立つ。「いまの規模で法人を作るべきか」という問いの答えは税率の比較だけでは出ない。5年後・10年後の物件増加ペースと、家族の関与をどう位置づけるかが分岐点になる。

私たちが実務で大切にしていること

専従者給与を設定する際に、私が関与先に対して繰り返して伝えることがある。「払った実績より、動いた記録を先に作る」ということだ。給与を支払うことは通帳を見れば証明できる。だが「何をしたか」は、記録しなければ消えてしまう。

業務記録は凝った書式でなくていい。日付・担当業務の内容・対応先(どの物件・どの業者)を1行ずつメモしたExcelでも十分だ。月に一度印刷して保管しておくだけで、調査の場で見せられるものが手元に揃う。Kさんが調査で経費算入を認められたのも、4年分の業務台帳を持参できたからだ。

金額の設定に際しては、地域の管理会社に外注した場合の相見積もりを一度取っておくことを勧めている。「相場は〇万円です」という第三者の根拠があれば、「相当の金額」の説明が格段にしやすくなる。実際に外注しなくていい。比較の参照点として使うだけだ。

届出書の提出期限については、毎年2月に関与先全員をリストアップして確認している。確定申告の準備と重なる時期だからこそ、専従者給与の届出や変更届が後回しになりやすい。期限を1日でも過ぎれば、その年は白紙だ。カレンダーのリマインダーを2月20日と3月10日の2段階で設定するだけで、このミスはほぼ防げる。

税務署の視点を怖がる必要はない。彼らは「実態のないコスト」を問題にしているのであって、「実態のあるコストを正当に経費にすること」を否定していない。届出・業務記録・金額の根拠、この三つが揃った状態で申告していれば、調査が来ても慌てることはない。むしろ「来てもらって構わない」というのが、実態を積み上げた投資家の共通した感覚だ。

あなたの専従者は今、何をどれだけやっているか、具体的に言えるだろうか。そこから確認を始めるのが、最も実のある一歩になる。

株式会社ウェルスターエージェンシー監修株式会社ウェルスターエージェンシー投資用1棟収益物件に特化した不動産仲介・コンサルティング会社。CF・IRR・DSCRを重視した数値ベースの投資判断と、融資戦略・出口戦略まで一貫して支援。東京都中央区に拠点を置き、首都圏・名古屋・関西圏の投資家へのアドバイザリー実績多数。宅地建物取引業免許 / 東京都知事(4)第92706号公式サイト wellstar-agency.com →

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配信: 株式会社ウェルスターエージェンシー

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