WELLSTAR AGENCY COLUMN
「とりあえず兄弟で半分ずつにしよう」と話し合いが始まり、気づいたら2年間解決しなかった――そういう相談が後を絶たない。不動産は現金と違い、ハサミで切れない。「半分」という合意が最終的に何を意味するのか、当事者全員がわかったうえで協議している場面は、正直なところ多くない。
不動産は「評価額」が複数存在する、それが混乱の根本にある
相続財産の中でも不動産が揉める理由のひとつは、評価額に複数の基準が存在することだ。相続税の計算に使う「相続税評価額(路線価ベース)」、固定資産税の計算に使う「固定資産税評価額」、そして市場で実際に売れる「時価(実勢価格)」。この三つが一致することはほぼない。
たとえば埼玉県川口市に戸建てを持っていたDさん(60代・パート勤務)のケースでは、固定資産税の納税通知書を見た兄が「1,200万円の家だから600万円ずつ」と言い張った。ところが路線価に基づいた相続税評価額は約1,050万円、地元の不動産業者に査定を依頼すると実勢価格は1,580万円という回答が出た。同じ家について三者三様の数字が並び、「どれが正しいのか」と家族会議が紛糾した。結局、調停に持ち込むまで14か月かかり、弁護士費用と司法書士費用で合計約80万円を追加負担することになった。
遺産分割協議での不動産評価は、相続税申告においては路線価(または倍率方式)が使われる。ただし、分割協議そのものの場では「いくらで評価するか」に法的な決まりはない。相続人全員が合意すれば、路線価でも時価でも、あるいは固定資産税評価額でもよい。ここに「合意形成の余地」が生まれる一方、認識のズレが大きければ大きいほど交渉が難航する。
相続税の概算がどの程度になるかは、相続税目安チェッカーで3分で試算できる。路線価だけでは全体像が見えにくいため、税額の見当をつけてから協議に臨む方が建設的だ。
分け方には「現物分割」「換価分割」「代償分割」「共有」の4通りある
不動産の分割方法は大きく4つある。どれを選ぶかで、その後10年・20年の家族関係と資産の扱いが変わる。感情的な好みではなく、それぞれの実態を理解したうえで選ぶ必要がある。
現物分割――シンプルだが不動産には向かないことが多い
現物分割とは、物件をそのまま特定の相続人に渡す方法だ。「実家は長男が引き継ぐ」「賃貸マンションは次男が引き継ぐ」という形になる。財産が複数の不動産から成り、かつ評価額がほぼ均等に分かれるなら機能する。しかし実際には、相続財産の大半が「自宅1件」というケースが圧倒的に多く、現物分割では誰か一人が全取りになる。その代わり、他の相続人に渡す代償金を払えるかどうかが問われる。
換価分割――売って現金で分ける、一番すっきりした解決策
換価分割は不動産を売却し、売却代金を分け合う方法だ。実家に誰も住んでいない、全員が現金を希望している、といった状況では最も合理的な選択肢になる。ただし、売却にかかる費用(仲介手数料・測量費・解体費など)と、譲渡所得税の負担を事前に計算しておかないと、「手残りが思ったより少なかった」という後悔につながる。特に相続した不動産の取得費は被相続人の購入時の価格が引き継がれるため、30〜40年前に購入した土地などは課税対象の利益が大きくなりがちだ。
代償分割――不動産を手放さずに公平を実現できる
代償分割は、不動産を取得した相続人が、他の相続人に対して代償金(現金)を支払う方法だ。たとえば相続財産が自宅(時価3,000万円)のみで、相続人が兄弟2人なら、自宅を引き継ぐ兄が弟に1,500万円を払う。売らずに家を守れる一方、代償金を支払える資力が必要になる。資力がない場合は不動産を担保に借入れるか、そもそも換価分割に切り替えるかを再考することになる。
共有――最後の手段であり、将来の問題を先送りするだけのことが多い
共有はすべての相続人が持分を持ち合う形だ。「今すぐ結論が出ないから」という理由で選ばれることが多いが、これが将来の紛争の火種になりやすい。共有状態では、売却も賃貸もリフォームも、原則として共有者全員の同意が必要になる。一人でも反対すれば動けない。さらに共有者が亡くなると持分がその子どもたちに相続され、関係者が数十人に膨れ上がることもある。
遺産分割協議書に何を書くか、記載の精度が後の紛争を防ぐ
協議が整っても、遺産分割協議書の記載が曖昧だと登記できなかったり、後から「そういう意味じゃなかった」という争いが再燃したりする。不動産に関しては、登記簿謄本(登記事項証明書)の記載と完全に一致させることが前提だ。
具体的には、土地なら「所在・地番・地目・地積」、建物なら「所在・家屋番号・種類・構造・床面積」を正確に転記する。住所(住居表示)と地番は別物であることも見落としやすい。横浜市中区〇〇町1丁目2番3号という住居表示と、〇〇町1丁目234番5という地番は異なる。登記簿を取得せずに住所だけ書いた協議書は法務局で受け付けてもらえない。
また、代償金の支払いを含む場合は金額・支払期限・振込先まで協議書に明記することを勧める。口頭合意のみで済ませると、後から「払った」「もらっていない」という事態になりやすい。
※相談事例から見た不動産分割方法の選択割合(筆者推計)
賃貸物件が遺産に含まれるとき、相続開始後の家賃収入の扱いを見落とさない
親が所有していたアパートやマンションが遺産に入っている場合、相続開始(死亡日)から遺産分割が完了するまでの間も家賃収入は発生し続ける。この間の収入は遺産そのものではなく「法定相続分に応じた各相続人の所得」として扱われる。つまり、分割協議が長引くほど各相続人の確定申告の義務と煩雑さが増す。
大阪市淀川区に築22年・8戸のRC造マンションを保有していたE氏(70代・元会社員)が亡くなったケースでは、3人の子どもが遺産分割協議に17か月かかった。月額家賃収入は合計約52万円。17か月分で884万円が宙に浮いた状態で発生し、3人がそれぞれ確定申告を求められた。末の娘は給与所得者だったため、確定申告の経験がなく、税理士への依頼費用が2年分で約24万円かかった。マンションの評価額は路線価ベースで約8,200万円。代償分割の形で長男が引き継ぐことで決着したが、「もし最初から換価分割の方向で話し合っていれば、こんなに時間はかからなかった」と長男は振り返る。
「遺産分割が長引くと、建物の修繕決定もできない。雨漏りが出ていたのに1年近く放置することになってしまった」
大阪市淀川区のマンションを相続した長男・50代
賃貸物件が遺産に含まれる場合は、分割協議と並行して「遺産管理人」的な役割を誰かが担い、入居者への対応・修繕の意思決定・家賃の管理口座の開設などを速やかに整理しておく必要がある。
小規模宅地等の特例は、誰が相続するかで適用の可否が変わる
相続税の計算において、自宅の土地(特定居住用宅地等)は一定の要件を満たせば330㎡まで評価額を80%減額できる「小規模宅地等の特例」が使える。これは相続税の節税効果として非常に大きいが、適用できる相続人に条件がある。
条件を簡単に言うと、「配偶者」「同居の親族」「家なき子(持ち家のない別居の子)」のいずれかが相続する場合に適用される。たとえば、長男・次男の2人兄弟で、長男は同居、次男は持ち家ありの別居という状況なら、次男が自宅を相続しても特例は使えない。次男に代償金を払う資力があったとしても、「特例を活かせる長男が自宅を相続する」形が税務上は有利になる。
この特例の適用漏れは取り返しがつかない。申告期限(相続開始から10か月)を過ぎると修正申告で取り戻すことは原則できない。誰が何を相続するかを決める前に、特例の適用条件を税理士と確認しておくことは協議前の準備として欠かせない。
| 特例の種類 | 対象 | 減額割合 | 限度面積 | 主な適用要件 |
|---|---|---|---|---|
| 特定居住用宅地等 | 自宅の土地 | 80% | 330㎡ | 配偶者・同居親族・家なき子が相続 |
| 特定事業用宅地等 | 個人事業の土地 | 80% | 400㎡ | 事業を申告期限まで継続 |
| 貸付事業用宅地等 | 賃貸用の土地 | 50% | 200㎡ | 貸付事業を申告期限まで継続 |
「売る・貸す・持ち続ける」は分割と同時に決めないと判断がブレる
遺産分割協議の場では「誰が取得するか」に集中しがちだが、取得後に「どう使うか・いつ売るか」が決まっていない状態で名義だけ動かすと、後から方針が変わって兄弟間に新たな摩擦が生まれる。特に実家の土地建物は感情的な愛着と経済的な合理性が混在するため、「売れない」「貸せない」「でも維持費がかかる」という状態になりやすい。
神奈川県横浜市港北区で築38年・延床約130㎡の戸建てを相続したF氏(50代・会社員)の場合、父親が亡くなった後、母親が施設に入居したため誰も住まない家になった。相続税評価額は約4,200万円で、相続人は兄弟3人。現物分割でF氏が取得したものの、兄弟との合意の中に「すぐには売らない」という暗黙の了解があった。しかし固定資産税・管理費・損害保険料で年約45万円のコストが発生し続け、3年後に兄から「そろそろ売ってほしい」と連絡が来た。売却を進めようとしたが、建物が古く買い手がつきにくい状態で、結局解体費用約280万円を負担したうえで売却。売却価格は3,200万円で、当初の評価額より1,000万円低い結果になった。
「取得したときに売却の期限を決めておけばよかった。ずるずると3年維持してしまい、コストも精神的な負荷も想定以上だった」
F氏・50代会社員・横浜市港北区
取得後の方針を協議書に書き込む義務はないが、「取得してから3年以内に売却する」「取得後は賃貸に出して収益を分配する」など、口頭でも合意を形成しておくことで、後の摩擦が減る。個別の状況によって売る・貸す・持つのどれが合理的かは変わるため、判断に迷う場面では相続不動産の無料相談を活用して、出口の選択肢を整理することも現実的な手段だ。
協議が整わないとき、調停・審判という選択肢の実態
相続人の間で合意が取れない場合、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てることができる。調停は調停委員を介して話し合う場であり、裁判ではない。全員が同席する必要もなく、期日ごとに個別に意見を聞いてもらえる形式のため、直接顔を合わせることへの抵抗が強い家族には使いやすい。
ただし調停は時間がかかる。平均的には半年から1年半、複雑な案件では3年を超えることもある。調停でも合意に至らない場合は「審判」に移行し、裁判官が分割方法を決定する。審判では現物分割か換価分割が命じられることが多く、当事者の希望が反映されにくい。
費用の面では、調停申し立て自体は数千円の収入印紙と郵便切手で済む。弁護士に依頼する場合の費用は着手金10〜30万円、成功報酬として取得財産の数パーセントが相場だが、事務所によって幅がある。感情的なこじれが解消されないまま時間だけ経過すると、法的解決のコストが相続財産の一定割合を食いつぶすことになる。これが「争族」と揶揄される状況の正体だ。
相続が発生した段階で、専門家への相談を「費用がかかる」と後回しにする方が多いが、早期に全体像を整理した方がトータルコストは低く抑えられる。争いになってからでは取れる選択肢が減る一方だ。
あなたの家族は、同じ「評価額」の数字を見ているだろうか。路線価と時価と固定資産税評価額、どれを前提に話し合っているか確認してみてほしい。その認識が揃っているかどうかが、協議が1か月で終わるか2年かかるかの分岐点になることを、現場で何度も見てきた。

