専従者給与の設定と税務署の視点の実情

WELLSTAR AGENCY COLUMN

「妻を専従者にして月20万円払っている」という投資家は珍しくない。ただ、その給与額の根拠を聞くと、「税理士に言われた金額」「同業者が同じくらい払っていると聞いた」という答えが返ってくることが多い。税務署が問題にするのはまさにその部分だ。金額そのものより、業務の実態と給与の整合性が調査官の視点の中心にある。

専従者給与を税務署はどう見ているか

青色事業専従者給与は、所得税法上「労務の対価として相当と認められる金額」でなければ必要経費として認められない(所得税法57条)。この「相当」という言葉が曲者で、条文だけ読んでも何が通るかはわからない。実態として税務署が重視するのは三つの軸だ。①業務内容が特定・記録されているか、②給与額が外部の同種業務と比較して合理的か、③実際に支払い・入金が行われているか。

税務調査では、調査官が「奥さんは普段どんな仕事をされていますか?」と投資家本人に質問し、続けて配偶者に別室で同じ質問をすることがある。答えが食い違った瞬間、調査の方向性が変わる。これは誇張ではなく、実際に複数の顧問先から聞いた話だ。

「届出額」と「実際の支払額」の落とし穴

青色事業専従者給与は、事前に「青色事業専従者給与に関する届出書」を税務署に提出し、届出書に記載した金額の範囲内で支払う必要がある。届出額を超えた支払いは、超過分が経費として認められない。これはルールとして知っている人が多いが、届出の「変更届」を忘れたまま給与を増額しているケースが散見される。届出額月15万円のまま毎月20万円払い続けていれば、差額5万円×12か月=年60万円が経費否認される。税務調査が3年遡及すれば、それだけで180万円の経費が消える。

給与額の相場と、税務署が「高すぎる」と判断する水準

専従者給与に法定の上限はないが、実務上は「近隣の同種業務のパート・アルバイトの時給水準」が比較基準になる。不動産賃貸業の場合、業務内容は入居者対応の一次窓口、家賃入金管理、修繕業者との連絡調整、書類整理などが典型だ。これを週3日・1日4時間こなしたとして、時給1,200円で換算すると月額5万7,600円。ここに経営判断の補助や確定申告のサポートを加味してもせいぜい月10〜12万円が現実的な水準と言える。

月20〜30万円の専従者給与を計上している投資家の多くは、「それだけの業務をさせている」と主張するが、裏付けとなる記録がない。業務日誌も、やりとりメールの保存も、作業指示書も存在しない。税務調査官は「業務があったこと」を否定するのではなく、「その金額に見合う業務があったことを証明してください」と求める。証明できなければ、経費算入額は削られる。

月5〜8万円(週15〜20時間相当) 認定されやすい
月10〜15万円(実態記録あり) 条件付きで認定
月20〜25万円(記録なし) 調査時に争点化しやすい
月30万円超(小規模物件・記録なし) 否認リスク高

棒グラフは筆者の実務経験と税務調査の実例から推計した「税務署に認定される蓋然性の目安」であり、法的な保証を示すものではない。

実際に経費否認されたケース、されなかったケース

埼玉県川口市で築22年・8戸の1棟アパートを保有するA氏(50代・製造業経営)は、専業主婦の妻を青色事業専従者として月25万円を支給し、5年間で計1,500万円を経費計上していた。物件は取得価格7,200万円、表面利回り7.8%。税務調査が入ったのは物件購入から4年目のことだった。調査官が妻の業務内容を確認したところ、管理会社がほぼすべての入居者対応と家賃管理を担っており、妻の実務は月次の通帳確認と年1回の確定申告補助のみであることが判明した。結果として4年分の給与のうち月18万円分が否認され、加算税を含む追徴税額は約420万円に達した。

「管理会社に任せているから楽、という感覚が裏目に出た。妻が何をしているか記録を残しておかなかったのが致命的だった」

A氏・50代製造業経営者

対照的なのは、大阪市淀川区で築15年・12戸・10戸の2棟を保有するB氏(40代・個人投資家・妻と子2人)のケースだ。月給与15万円を設定し、妻は入居者の退去立会い同席、修繕業者への発注連絡、更新手続きの書類確認、クレーム一次対応のログ記録を毎月Googleスプレッドシートで管理していた。2棟合計24戸の管理を一部自主管理で行っていたため業務量に説得力があり、税務調査でも調査官は業務日誌と通信記録を確認した上で「妥当な金額」と判断、追徴は発生しなかった。B氏が後日語っていたのは、「給与を安くしたからではなく、何をやったかが見えたから通った」という一言だった。

420万円
A氏の追徴税額(加算税含む)
0円
B氏の追徴税額(記録完備)
4年分
A氏の遡及期間(重加算なし)

税務署が「業務の実態」を確認する具体的な手順

税務調査で専従者給与が争点になると、調査官は次のような資料提出を求める。銀行口座の入出金記録(給与の実際の支払いと受取を確認)、業務日誌や作業記録(日付・内容・所要時間)、入居者・業者とのメール・SMS・電話記録、修繕発注書や見積書の保存状況、そして専従者本人との面談だ。

ここで勘違いしやすいのが「管理会社に委託しているから業務がない」という論理の危うさだ。管理会社に全委託していても、オーナー側として行う意思決定の補助、大規模修繕の業者比較、確定申告資料の集約・整理、融資関連の書類準備といった業務は当然存在する。問題は「業務がない」のではなく「記録がない」ことだ。記録がない業務は、税務上「なかった業務」として扱われる可能性が高い。

給与支払いの形式要件も見落とせない

形式的な要件として、専従者給与は実際に銀行振込で支払われており、かつ受け取った専従者の口座が明確に分かれていることが理想だ。現金手渡しが絶対にNGというわけではないが、領収書の保存と金額の一致が求められる。また、専従者が年間6か月超を実質的に事業に従事していない場合は、そもそも専従者として認められない。副業の扶養内パート収入と合算した結果、「どちらの事業への従事がメインか」が問われることもある。

給与額設定の現実的な考え方

節税効果を最大化しようとして高額の専従者給与を設定するのは、追徴リスクを高めるだけでなく、住民税・社会保険料の負担増という副作用も伴う。専従者が給与所得を得ると、配偶者控除は使えない。給与額が年103万円を超えれば配偶者控除(38万円)が消え、106万円以上では社会保険の加入義務が生じる場合がある(勤務先の規模による)。専従者給与によるオーナー側の所得税・住民税の節税額と、配偶者控除消失・社会保険費用増加のコストを比較した上で、実務上無理のない業務量に対応する金額を設定するのが現実的だ。

給与月額 年収換算 配偶者控除 社保加入(目安) オーナー節税効果(税率20%想定)
月5万円 60万円 消失 なし 約12万円
月8万5千円 102万円 消失 なし 約20万円
月15万円 180万円 消失 条件次第で発生 約36万円
月20万円 240万円 消失 発生可能性高 約48万円(業務記録が前提)

注:節税効果は経費算入額×所得税率の概算。社会保険については勤務先規模・契約形態により異なる。

業務記録を「後から作る」リスクと、今から始める記録の質

税務調査が入ると決まってから業務記録を整備しようとする投資家がいる。これは後から作成した証拠として調査官に見抜かれやすく、場合によっては「証拠の隠滅・偽造」として悪意を推認される材料になる。デジタルファイルにはメタデータ(作成日時・更新日時)が残る。印刷物でも紙の劣化や筆記具のインク状態で後付けかどうかが推定される場合がある。調査官は税務のプロである前に、こういった細部を読む訓練を積んでいる。

今から始める記録として現実的なのは、月次の業務サマリーをメールまたはチャットツールのログとして残す方法だ。「今月対応した業務:〇〇号室退去立会い同席(所要2時間)、水道業者との修繕見積もり調整(3回の電話・メール)、更新書類の確認(5件)」という形で、専従者本人がオーナーに送信した記録があれば、日付と内容の一致が後から確認できる。Googleドキュメントやスプレッドシートで管理し、閲覧履歴・編集履歴が残る状態を維持するのが実務上の安全策だ。

専従者給与の否認は「不正」より「記録不足」から始まる。業務日誌・通信記録・発注記録の三点セットが、調査官との交渉の土台になる。

税理士との連携で事前に確認すべきこと

専従者給与を設定する際、税理士に「いくらまで計上できますか」と聞く投資家は多い。しかし、税理士が答えられるのは「制度上の上限」と「形式的な届出要件」であって、「この金額が税務調査で認められるか」ではない。認められるかどうかは業務実態の記録次第であり、それは税理士ではなく投資家自身が管理するものだ。

顧問税理士に確認すべきことは、給与額の妥当性よりも、「この業務内容と金額の組み合わせで、万一調査が入ったときに何を用意すればよいか」という視点での事前整理だ。税理士が調査立会いの経験を持つ場合は、過去に類似案件でどのような指摘があったかを直接聞ける。その情報は、設定額を決める上での実質的な判断材料になる。

専従者給与は、設定した瞬間に節税効果が確定するわけではない。記録と実態の積み重ねが、はじめてその経費を確かなものにする。手元の物件が増えれば増えるほど、書類管理の手間は増す。その手間を「コスト」と見るか「保険」と見るかで、数年後の税務調査時の結果が変わってくる。あなたの専従者の業務記録は、今この瞬間、どこに何が保存されているだろうか。

株式会社ウェルスターエージェンシー監修株式会社ウェルスターエージェンシー投資用1棟収益物件に特化した不動産仲介・コンサルティング会社。CF・IRR・DSCRを重視した数値ベースの投資判断と、融資戦略・出口戦略まで一貫して支援。東京都中央区に拠点を置き、首都圏・名古屋・関西圏の投資家へのアドバイザリー実績多数。宅地建物取引業免許 / 東京都知事(4)第92706号公式サイト wellstar-agency.com →

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