WELLSTAR AGENCY COLUMN
売却査定の場で、最も多く見る光景
売却査定の依頼を受けて物件を見に行くと、オーナーが「銀行に相談したら、担保にならないと言われた」と打ち明けるケースが繰り返される。木造築30年超のアパートだ。融資が付かないと分かった瞬間、多くのオーナーは「売れない」と決めつける。だが、買い手が融資を使えないことと、物件が売れないことは別の話だ。この混同が、出口の選択肢を狭めている。
なぜ銀行は木造築30年超を嫌うのか
金融機関が木造アパートの融資を渋る理由は、「古いから」という感覚論ではなく、担保評価の計算構造にある。
銀行が建物に担保価値を認める際、多くが国税庁の耐用年数を基準とする。木造の法定耐用年数は22年。築30年であれば、すでに8年も耐用年数を超えている。残存価値はゼロどころか、マイナス評価(解体費用の控除)が加算されるケースもある。積算評価で見れば、土地値だけが担保額の上限となる。
収益還元評価を採用する金融機関も増えたが、空室リスクが高い古い木造物件には、割引率(キャップレート)を高めに設定する。キャップレートが10%を超えると、現況家賃収入が安定していても評価額は大きく下がる。結果として、「融資額が出ない」「頭金が売値の50%以上必要になる」という状況が生まれる。
※上記は売値に対する金融機関融資額の目安水準(複数の地方銀行・信用金庫の査定実績をもとにした筆者推計)。地域・金融機関・物件属性によって大きく異なる。
つまり、現金購入できる買い手か、すでに不動産を保有していて追加担保を差し入れられる投資家か、あるいは事業目的で現金を持つ法人か、そこにしかターゲットが存在しない。この「買い手の母数の狭さ」が、値下がり圧力の正体だ。
現金購入層という市場は存在する
「現金購入できる買い手など稀だ」という反応はよくある。だが実態は違う。個人富裕層による相続税対策、相続で現金を受け取った人が親の近くで投資用物件を持ちたいケース、海外からの送金を不動産に換えたい在日外国人投資家、これらは現金決済を前提とする層だ。加えて、近年はDSCR(返済余力比率)を基準に融資するノンバンクが増え、土地値が厚いエリアでは利率7〜9%台でも融資が引けるケースがある。高コストでも利回りが合えば成立する。
ここで重要なのは「エリアの地価」だ。土地値が高い都市部の木造築30年超は、現金購入層にとって「安い土地取得手段」として機能する。建物は最初から取り壊す前提で購入するから、むしろ築古のほうが瑕疵を取り込んだ低価格で取得できる。東京23区・横浜・大阪市・名古屋市などの容積率が高いエリアでは、この構造が機能する。逆に地方の地価が低いエリアでは、現金購入層の需要自体が薄い。
埼玉県川口市内で築34年・木造2階建て6戸のアパートを保有していたD氏(60代・元サラリーマン、妻と二人暮らし)は、地元の地方銀行から「担保評価が土地のみで1,200万円しか出ない」と告げられ、売却を諦めかけていた。物件の表面利回りは12.4%、満室家賃収入は年間約360万円。ところが筆者が間に入り、都内の中古物件を複数保有する個人投資家に打診したところ、現金で2,800万円での売買が成立した。購入者にとっては融資なしでも年間360万円の回収が見込めるうえ、将来的に隣地と合わせた建替えも視野に入れていた。D氏は「銀行の評価額だけ見ていたら、半額以下で手放すところだった」と振り返った。
「銀行の評価額だけ見ていたら、半額以下で手放すところだった」
D氏・60代・元サラリーマン投資家(埼玉県川口市)
リノベーションで融資の壁を崩す選択肢
売却価格を上げるためではなく、「融資が付く物件に変える」ためのリノベーションという発想がある。耐震補強と外壁・屋根の全面改修を行うことで、一部の地方銀行や信用金庫が「実質的な再評価」を行うケースがある。特に、耐震診断を受けて「Is値0.6以上」の適合を取得すると、融資姿勢が変わる金融機関がある。
コストは物件規模にもよるが、木造2階建て6〜8戸で耐震補強込みのリノベーションをかけると、2,000〜4,000万円のオーダーになる。この費用を回収できるかは、リノベーション後の家賃上昇幅と残存保有期間によって決まる。家賃を1戸あたり月1〜2万円引き上げられる余地があるエリア、かつ保有を継続する意思があるオーナーには合う戦略だ。売却前提なら、リノベーションコストを上回る価格上昇が見込める場合に限られる。
ただし、リノベーションは万能ではない。建物の基礎や主要構造部の劣化が著しい場合、耐震補強そのものが施工できないか、費用が跳ね上がる。工事前に専門家による現況調査(インスペクション)を経ずに走ると、想定外の追加費用で採算が崩れる。この順番を守らないオーナーを現場で何度も見てきた。
解体して更地売却、あるいは新築で建て直す判断軸
建物の評価がゼロ以下になるなら、建物を取り壊して更地にして売った方が高値がつくことがある。特に容積率が高く、単独で新築アパートやマンションが建てられる広さと形状を持つ土地では、デベロッパーや建売業者が現金で動く。
横浜市神奈川区で築37年・木造3階建て8戸のアパートを所有していたF社(都内の小規模不動産管理会社)は、入居率が低下し修繕費用がかさむ状態が続いていた。建物の解体費用を試算すると約700万円。更地にした上でデベロッパーへ売却したところ、6,200万円で成約した。一方、現況のまま(建物付き)で売却しようとした際に付いた査定額の最高値は4,100万円だった。解体費用700万円を差し引いても、更地売却の方が1,400万円の上乗せになった計算だ。入居者への立ち退き費用と時間が課題だったが、残存入居者3名との交渉を丁寧に行い、総退去から解体まで約8ヶ月で完了した。
もう一つの選択肢が、土地を保有しながら建物だけ建て替えるパターンだ。この場合、新築木造アパートであれば融資が通りやすくなり、より多くの買い手に売れる物件が完成する。ただし、建替え資金の調達自体が必要になるため、手元資金か、別担保を持つオーナーでなければ動けない。建替え後に売却するのか、長期保有に転換するのかを先に決めてから、資金計画を立てなければ途中で詰まる。
法人への売却・組み替えで出口の税務を整える
個人が古い木造アパートを売却する場合、保有5年超であれば長期譲渡所得として税率は約20%(所得税・住民税合計)。5年以下なら約39%だ。売却益が大きくなるほど、この差が手取り額に直結する。
また、個人から法人へ物件を売却(法人化スキーム)する場合、売買価格の設定と時価評価が問題になる。低廉譲渡と認定されると贈与税や所得税の課税が生じる。不動産鑑定評価書を取得して時価を明確にした上で売買する手順が、後のトラブルを防ぐ。
法人活用のもう一つの使い道は「買い取り手段の拡張」だ。法人であれば、事業融資(プロパー融資)の枠で物件を取得できるケースがある。個人の住宅ローンや不動産担保ローンの審査では跳ねられる築古木造でも、法人の事業計画書と収益性の説明次第で融資が引けた事例がある。売り主が個人で、買い主が法人であれば、ノンバンクや事業性ローンを使った融資付き取引が成立する可能性がある。買い手の選択肢を広げる意味で、法人買い主を積極的に探す姿勢が出口の幅を広げる。
| 出口戦略 | 向いているケース | 主なリスク・条件 | 手取り改善の目安 |
|---|---|---|---|
| 現金購入層への売却 | 都市部・高地価エリア・高利回り | 買い手探しに時間がかかる | 銀行評価比+30〜100% |
| 耐震リノベ後に売却 | 家賃上昇余地あり・保有継続も視野 | 工事費が想定超になるリスク | リノベ費用控除後+20〜40% |
| 解体して更地売却 | 容積率高・接道良好・立ち退き可能 | 解体費・立ち退き費用・期間 | 現況売却比+20〜50% |
| 建て替えて再売却 | 手元資金または別担保あり | 建替え資金調達・設計期間 | 新築プレミアム分を享受 |
| 法人への売却・組み替え | 個人税率が高い・法人を持つ | 時価認定・鑑定評価書が必要 | 税引後手取りの改善 |
出口を動かす前に整理すべき3つの前提条件
どの戦略が合うかは、物件スペックだけでなくオーナー自身の財務状況と保有目的によって変わる。戦略を選ぶ前に、自分の状況を棚卸しする必要がある。
土地の「素の価値」を先に把握する
まず、建物を無視した土地単体の価値を把握することだ。路線価から試算するのは入口として有効だが、実際の売却価格は前面道路の幅員、隣地との高低差、接道の方向、都市計画(建蔽率・容積率)によって大きく動く。不動産会社の無料査定ではなく、有料の簡易鑑定(3〜5万円程度)を使って土地の市場価値を確認することが、戦略判断の土台になる。
現在の入居者との関係を棚卸しする
入居者が長期間居住しているほど、立ち退き交渉は複雑になる。特に、借家権(借地借家法上の居住権)は強く保護されており、オーナーの都合だけで退去を求めることはできない。立ち退き料の相場は、都市部で月額賃料の6〜12ヶ月分が目安だが、高齢入居者や長期居住者では交渉が長期化することがある。解体・建替えを選ぶ前に、全入居者の契約状況と退去見込みを確認することが現実的な時間軸の計算につながる。
自身の税務ポジションを確認する
築古木造の売却では、取得費の証明が税務上の焦点になる。取得時の契約書・領収書・登記費用の証拠が揃っていれば、取得費として計上できる。これらが見当たらない場合、概算取得費(売却価格の5%)しか認められないため、税負担が跳ね上がる。売却を検討し始めた段階で、税理士に取得費の証明書類を確認してもらうことが税引後収益の計算を狂わせない。
「売れない」ではなく「誰に売るか」という問い
15年間、さまざまな築古物件の出口に関わってきて確信していることがある。木造築30年超が売れない本当の理由は、物件の価値がないからではなく、流通の仕組みが「融資付き取引」を前提に設計されているからだ。融資が付かない物件は、一般的な不動産仲介の成約確率が下がり、流通量が少ないために市場価格の形成が難しい。その空白地帯に値下がり圧力がかかる。
裏を返せば、その空白地帯を理解して動ける者が、適正価格で取引できる。現金購入層へのアクセス、耐震補強の費用対効果の計算、更地ニーズのある買い手の探し方、法人スキームの税務整理、それぞれに詳しい専門家は異なる。一人の仲介業者に「どうすればいいか」を丸投げするだけでは、その業者が動かしやすい方向にしか話が進まない。
あなたの手元にある築古木造は、今この瞬間も家賃を生んでいるか、あるいは空室が増えているか、どちらかだ。キャッシュフローが回っているうちに出口の選択肢を比較するのと、修繕費と空室で追い詰められてから動くのとでは、着地点が変わる。「まだ大丈夫」という感覚が最も油断を生む。
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配信: 株式会社ウェルスターエージェンシー






