WELLSTAR AGENCY COLUMN
先日、埼玉県川口市で借地権付き区分マンションを3室保有する50代の会社員・田中氏から相談を受けた。「相続税の申告で評価額が低く出ると聞いたから購入したのに、税理士から想定より節税効果が薄いと言われた」という。話を聞くと、借地権割合の適用を正しく理解していないまま、表面的な数字だけで購入判断をしていた。こういう相談は珍しくない。
借地権物件の相続税評価が「低い」と言われる理由と、その前提
借地権付き建物(土地は借地)の場合、相続税評価において土地部分は「借地権評価額」として計上される。計算式は「自用地評価額 × 借地権割合」で、借地権割合は路線価図上に記号(A〜G)で示されており、70%から30%の範囲で設定されている。都心部の住宅地では60〜70%、郊外では40〜50%が多い。
一方、底地(地主が持つ土地)は「自用地評価額 × (1 − 借地権割合)」となる。たとえば借地権割合が60%の地域なら、底地は自用地の40%評価になる。この構造が「借地権は評価が低い=節税に有利」という説明の根拠になっている。
ただし、これは純粋な相続税評価の話であり、実際の相続対策としての効果には前提条件がある。第一に、建物の固定資産税評価額は別途加算される。第二に、借地権の種類によって評価方法が異なる。旧法借地権(借地法)・普通借地権(借地借家法)・定期借地権では、それぞれ評価の考え方が変わる。定期借地権については、残存期間に応じた「定期借地権の評価」が適用されるため、残存期間が短くなるほど評価額が下がるが、同時に売却時の流動性も落ちる。
上記は相続税評価上の概算比較であり、市場価格とは別物であることを先に確認しておきたい。評価額が低いことと、実際に安く買えることは必ずしも連動しない。
定期借地権マンションで起きた相続と、試算が狂った理由
横浜市神奈川区で50年定期借地権付きマンション(1LDK・築15年・購入価格2,200万円・表面利回り5.8%)を1室保有していた60代の会社経営者・佐々木氏は、自身の相続対策として税理士とともに財産評価を見直した際に問題が発覚した。購入時の説明では「相続税評価が低く節税になる」という話だったが、実際に評価を試算すると、残存期間35年の定期借地権は通達上の計算式を適用した結果、評価額が購入価格の約58%にとどまった。所有権マンションなら固定資産税評価額をベースにさらに低くなるケースも多く、節税効果として想定していた差が出なかった。
さらに問題だったのは、承継後に子どもが売却しようとした場合の出口だ。定期借地権付き区分は、残存期間が30年を切ると住宅ローンの担保評価が厳しくなり、一般的な買い手の融資付けが困難になる。佐々木氏のケースでは、子が将来売却しようとしても流通性が低下する可能性を、購入時に十分検討していなかった。
「節税になると聞いて買ったのに、評価計算をきちんとやると思ったより差が出なかった。出口も考えずに買ってしまった。」
佐々木氏・60代・会社経営者(横浜市)
この事例が示すのは、「借地権=相続税評価が低い」という命題が正しいとしても、その効果の大きさは残存期間・借地権の種類・物件の立地・所有権物件との比較軸によって全く変わる、ということだ。購入時に税理士を交えた具体的な試算をしていなかったことが根本の問題だった。
路線価・借地権割合の「読み方」で評価額は大きく動く
国税庁の財産評価基本通達では、宅地の評価は路線価方式または倍率方式で行う。借地権の評価は前者で算出した自用地評価額に借地権割合を乗じる形が一般的だ。ここで実務上よく見落とされるのが、路線価図上の借地権割合の「記号の位置」だ。同じ街区でも、接する路線によって借地権割合が異なる場合がある。角地や複数路線に接する物件では、正面路線・側方路線の加算も影響するため、机上の計算と実際の申告評価額がずれることがある。
また、「無道路地」「不整形地」「セットバック必要地」などの減額要素がある土地は、自用地評価額自体が低くなるため、借地権評価も連動して低くなる。こうした土地の形状・法令上の制限は、相続税評価の観点からは有利に働くが、市場流通の観点では価値の毀損要因になり得る。
小規模宅地等の特例との関係
相続税の軽減策として広く知られる「小規模宅地等の特例」は、借地権にも適用される。貸付事業用宅地等であれば200㎡まで50%減額、特定居住用宅地等であれば330㎡まで80%減額が受けられる。借地権者が所有する建物を賃貸用に供していれば貸付事業用として適用が検討できる。ただし、相続開始前3年以内に新たに貸付を始めた物件は「3年以内貸付宅地」として特例の対象外となる経過措置がある(令和3年度改正で適用要件が厳格化)。これを知らずに直前に賃貸を開始した相続人が特例を見込んでいたケースで、実際の申告で適用不可となった例も現場で見ている。
地主との関係が相続後に表面化する、現実的なリスク
借地権物件を相続した際の手続きで、見落とされやすいのが地主への承継通知と名義書換料の問題だ。法律上、相続による借地権の移転は地主の承諾を必要としない(借地借家法20条の読み替え)。ただし、実務的には「地代の支払い先と権利者が変わった」ことを地主に通知しないままでいると、地代の受領関係が曖昧になり、後々のトラブルになる。特に旧法借地権が残っている物件では、地主が高齢で代替わりしているケースも多く、承継後すぐに「名義書換料を払えなければ契約を認めない」という圧力をかけてくる地主もいる(法律上は支払い義務はないが、実務上は慣行として支払うケースもある)。
また、地代の水準が周辺相場と著しく乖離している物件は要注意だ。地代が低すぎると、税務上「地代の認定課税」リスクはないものの、地主から地代改定請求が来る可能性がある。逆に相場より高い地代を払い続けている物件は、実質利回りが圧縮されているにもかかわらず、表面利回りだけを見た投資判断で購入してしまうケースがある。
川口市の事例──借地権物件3棟を相続した際の対策と実際の着地
埼玉県川口市で木造アパート3棟(うち2棟が旧法借地権付き、合計18室、築28〜35年、取得総額約1.1億円)を保有していた70代の資産家・山本氏が亡くなり、40代の長男が相続した事例だ。相続税申告にあたり、借地権割合60%の地域に立地していたため、土地部分の評価は自用地評価の60%で計上された。建物は固定資産税評価額を適用し、さらに貸付事業用として小規模宅地等の特例(200㎡・50%減)を適用した結果、申告上の課税価格は市場価格の推定額の約38%まで圧縮された。
ただし、実際の相続税納税資金の調達では別の問題が出た。金融機関に借地権付きアパートの担保評価を依頼したところ、1棟あたりの担保評価額が相続税評価額をさらに下回り、融資可能額が相続税額に対して不足する事態になった。最終的に、3棟のうち最も築古で空室率が高い1棟を売却して納税資金を確保したが、売却時に買い手側の融資付けが難航し、売却完了まで8か月を要した。市場価格は約3,200万円と見込んでいたが、融資難を理由に値引き交渉が入り、実際の売却価格は2,750万円にとどまった。
「評価が低いと節税になると思っていたが、売るときに現金化しにくいという意味でもあった。父の代からの物件で愛着はあったが、もっと早く整理しておくべきだったと思う。」
山本氏長男・40代・会社員(川口市)
この一連の経緯が示す構造は単純だ。相続税評価が低い=担保価値も低い=売却時の流動性が低い、という連鎖は、借地権物件が本質的に持つ特性から来ている。この特性を把握した上で、生前から納税資金の確保策(保険、換金性の高い資産との組み合わせ、物件の精査)を計画しておくことが現実的な対策になる。
生前にできる3つの現実的な対策
相続発生後では打てる手が限られる。生前に整理できることをここで整理しておく。
まず、底地の買い取り交渉だ。地主が底地を売却したい意向を持っている場合、借地権者が買い取ると「完全所有権」となり、相続税評価・担保評価・売却流動性のすべてが改善する。買い取り価格は「自用地価格 × (1 − 借地権割合)」が目安だが、実際には地主との交渉次第で変動する。底地市場は専門の買取業者も存在しており、地主側が第三者に底地を売却する前に、借地権者が優先的に交渉できる機会を持つことが望ましい。
次に、借地権と底地の等価交換だ。地主と合意できれば、借地権と底地の一部を交換して、双方が完全所有権の区画を取得する方法がある。税務上は一定の要件を満たせば非課税で処理できる。ただし、地積の分割が必要になるため建物の位置や形状によって実現可能性が変わる。測量・登記・合意形成に時間がかかるが、長期保有前提であれば最も抜本的な解決策になる。
三つ目は、生命保険による納税資金の確保だ。相続税評価が低くても、実際に換金できなければ納税できない。「評価が低い=相続税も低い」は成立するが、「評価が低い=換金しやすい」は成立しない。納税額の目安を試算し、不足分を一時払い終身保険や逓増定期保険でカバーしておくのは、借地権物件保有者にとって現実的な保険設計だ。
税理士・不動産会社・金融機関をどう連携させるか
借地権物件の相続対策は、税務・法務・不動産市場の三つが絡むため、一人の専門家だけでは完結しない。相続税申告を担当する税理士が借地権の評価通達に精通しているかどうかは、申告書を見れば大まかに分かる。小規模宅地等の特例の適用可否、定期借地権の評価計算の精度、路線価の補正計算——これらの対応が雑な申告書を出してくる税理士に借地権物件の相続を任せると、後で税務調査リスクを抱えることになる。
一方、不動産会社には「借地権物件の売買実績があるか」を確認する必要がある。一般の仲介業者は借地権付き物件の売却に慣れていないことが多く、買い手への説明、融資付けのサポート、地主との連絡調整を適切に行えない場合がある。借地権専門の買取業者、または借地権売買の実績がある仲介会社を事前にリストアップしておくことが、いざというときの出口確保につながる。
金融機関については、借地権物件への融資姿勢は銀行によって大きく異なる。旧法借地権付き木造アパートには融資しない、定期借地権でも残存期間が長ければ対応する、底地共同担保があれば評価する、といった具合だ。保有物件の金融機関との関係を維持しながら、担当者レベルで借地権物件の担保方針を事前に確認しておくことが、相続発生時の選択肢を広げる。
借地権割合と市場価格のギャップをどう扱うか
最後に触れておきたいのが、路線価上の借地権割合と実際の市場における借地権価格のギャップだ。路線価は地価公示の80%水準が目安とされているが、借地権の市場価格は地域・物件・地主との関係・残存期間によって大きく変動する。郊外の旧法借地権付き木造建物は、借地権割合が40%であっても、実際の市場では更地の20%以下でしか売れないケースもある。逆に都心の優良立地であれば、借地権割合通りに近い価格で取引されることもある。
この乖離は、相続税評価額と売却価格の差として現れる。相続税を評価額ベースで払い、売却価格がそれを下回ると「評価額より低い価格で売った」ことになり、場合によっては税務上の説明が必要になることもある。申告時の評価が高めに出ている場合には、個別評価(不動産鑑定士による鑑定評価)を取得して実態に即した評価に下げる選択肢もある。路線価が実態を反映していないと客観的に示せる場合、最高裁判決(令和4年4月の相続税評価に関する判決)以降、税務当局も鑑定評価の採用に一定の根拠を求めるようになっているため、鑑定の採用可否は事前に税理士と詰めておく必要がある。
| 項目 | 旧法・普通借地権 | 定期借地権(残存30年超) | 定期借地権(残存20年以下) |
|---|---|---|---|
| 相続税評価の方式 | 自用地×借地権割合 | 通達上の定期借地権評価 | 同左(残存期間が短く低め) |
| 小規模宅地特例の適用 | 適用可 | 適用可 | 適用可(ただし評価額自体が低い) |
| 金融機関の担保評価 | 厳しめだが対応行あり | 残存期間次第で対応 | 担保不可とする行が多い |
| 売却時の流動性 | 低い〜中程度 | 中程度 | 低い |
| 底地買取交渉の余地 | あり(旧法は地主が応じやすい) | 期間内は固定されやすい | 期間満了が近く交渉しにくい |
借地権物件を保有したまま相続を迎える投資家は今後も一定数いる。評価額の低さを「節税メリット」と単純に受け取る前に、出口・担保・承継後の流動性を同時に検討した上で、生前にどこまで手を打てるかが資産戦略の分岐点になる。
あなたの手元にある借地権物件を、相続後に承継した家族が「売れない・借りられない・払えない」という三重苦に直面しないかどうか——それを今、具体的に試算したことがあるだろうか。
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配信: 株式会社ウェルスターエージェンシー






