WELLSTAR AGENCY COLUMN
売却査定の場で、最も多く受ける質問がある
「バルクで売った方が早いのはわかっている。でも、どれだけ損するのか」──この問いを、ここ数年で何十回と聞いてきた。損する前提で話す投資家もいれば、「バルクの方が高くなることもある」と聞いたと言う人もいる。どちらも正しい文脈があり、どちらも間違った文脈がある。
バルク売りと戸別売りの収益差は、物件の状態・エリア・保有戸数・売り手の時間的余裕・税務構造によって、数百万円から数千万円の幅で動く。「どちらが得か」を一般論で語るのは無意味で、「自分の物件のどのパラメータが判断を決めるか」を理解することが先決だ。
バルク売りが生む値引きの正体
バルク売りとは、複数戸の区分マンションや複数棟の物件を一括で同一の買い手に売る手法だ。買い手は業者であることがほとんどで、再販・賃貸運用・リノベーション転売などを目的に購入する。売り手にとってのメリットは「手間の一括解消」と「早期現金化」、デメリットは「市場価格より低い売却単価」だ。
この値引き幅は、感覚的に「2〜3割引」と語られることが多いが、実際はもっと構造的に決まる。業者側の計算式は単純で、「再販売価格の見込み × 利益率(通常15〜25%)− リフォーム費用 − 保有コスト − 仲介手数料 = 購入可能額」だ。この計算の中で、最も売り手に不利に働くのはリフォーム費用の見積もりだ。業者は保守的に見積もり、さらに利益バッファを上乗せする。築20年以上の物件では、この差が1戸あたり100〜200万円に膨らむことは珍しくない。
10戸をバルクで売るとして、1戸あたりの値引きが150万円なら合計1,500万円の損失だ。一方、売却にかかる仲介手数料・空室期間の逸失賃料・管理負担を合計すると、戸別売りのコストも相当額になる。この差分が「実質的なバルク売りのコスト」であり、ここを数値で比較できるかどうかが判断の分かれ目になる。
この棒グラフが示す通り、バルクの値引きは常に戸別売りのコストを上回る。だが「差」は縮まる条件が存在する。それが「物件の売れにくさ」と「時間コストの高さ」だ。
戸別売りが逆転するのはどんな物件か
戸別売りが有利になる条件は明快で、「買い手が市場で見つかる物件」であることに尽きる。具体的には、駅徒歩10分以内・築15年以内・管理状態良好・フルローンまたは低金利ローンが組みやすい物件だ。こうした物件は、エンドユーザー(実需)や個人投資家が競合し、市場価格での売却が現実的になる。
逆に、戸別売りで時間とコストばかり消費するのは「買い手が限定される物件」だ。築30年超・駅徒歩15分以上・修繕履歴が不透明・賃借人との問題を抱えている──こうした条件が重なると、仲介に出しても問い合わせが来ない。来ても価格交渉が激しく、ローンが通らずに破談になる。3〜6カ月かけて売れなければ、その間の逸失コストが積み上がり、最終的にバルク業者に持ち込む結果になる。
この「結局バルクになる」パターンは、現場で何度も見てきた典型だ。早い段階でバルク売りを選んだ場合と、6カ月間戸別売りを試みてからバルクに切り替えた場合では、手残りがほとんど変わらないか、後者の方が低くなるケースさえある。なぜなら、6カ月の売却活動中にも固定資産税・管理費・火災保険・ローン返済(残債がある場合)が続き、かつバルク業者の買取価格は「問い合わせが少なかった物件」として低く見られるからだ。
埼玉と大阪で見た、正反対の結末
埼玉県川口市内で区分マンションを7戸保有していたD氏(40代後半・会社員・既婚・子ども2人)の話だ。7戸はすべて築22〜26年・ワンルーム・徒歩8〜12分圏内で、取得総額は約1億2,000万円、当時の利回りは表面8.5%だった。D氏は相続対策と節税を兼ねて購入し、10年間保有してきたが、子どもの教育費と親の介護費用が重なり、キャッシュフローが圧迫されてきた。
売却を検討した際、仲介業者は「一戸ずつ丁寧に売れば合計で1億500万円は狙える」と言った。バルク業者の買取提示額は7,800万円だった。差額は2,700万円だ。D氏は仲介を選び、1戸目の売却に4カ月かかった。2戸目はローン審査が通らず1件破談。半年で売れたのは2戸のみ。この間の持ち出しコスト(ローン返済・管理費・修繕積立金)が月約15万円、半年で90万円。残り5戸を抱えたまま、D氏は8カ月後にバルク業者に改めて相談した。その時点の買取提示額は7,400万円に下がっていた。「問い合わせが少なかった物件」として評価が下がったのだ。結局、2戸を仲介で計3,000万円で売り、残り5戸を5,600万円でバルク売り。合計8,600万円の手取りは、最初にバルク売りを選んでいた場合の7,800万円を上回ったが、8カ月の労力と精神的コストを加味すると、「割に合ったか」とD氏は首を傾けた。
「最初から全部バルクにした方が、体は楽だったと思う。ただ数字だけ見ると、粘ったことで800万円は取り返せた。あの8カ月が800万円の価値かどうか、今でも正直わからない」
D氏・40代・会社員(埼玉県川口市)
一方、大阪市淀川区で1棟マンション(18戸・築11年・取得価格2億4,000万円・表面利回り7.2%)を保有していたE社(大阪市内の不動産管理会社・社員数8名)は、売却方針を早い段階でバルクに絞った。理由は一つで、「この物件の買い手になれる個人投資家の数が少ない」という読みだ。2億円超の1棟物件をフルローンで買える個人は限られ、仲介に出しても半年〜1年かかることは経験上わかっていた。それよりも、不動産ファンドへの一括売却でスピードを取り、回収資金を次の仕込みに使うことを優先した。
E社が受けたバルク買取提示額は2億800万円。仲介で時間をかければ2億3,000万円前後の成約は見込めたかもしれない。差額は2,200万円だ。しかしE社は試算を出した。仲介期間中の賃料収入(満室稼働で年間約1,728万円、月144万円)を維持できる保証はなく、退去が出ればリフォームコストが発生する。売却期間が12カ月に及べば、管理コスト・不確実性・経営者の時間がかかる。E社はバルク売りで2億800万円を受け取り、3カ月後には次の物件に資金を投入していた。
D氏とE社の違いは、単純な「欲張り・割り切り」の差ではない。物件の流動性・買い手層の厚さ・自分の時間的余裕・次の投資計画の有無──これらが総合的に違った。どちらが「正解」かは、両者の目的が異なる以上、比較できない。
税務上の見落としが収益差を拡大させる
バルク売りと戸別売りの収益差を語るとき、税務の観点が抜け落ちることが多い。特に複数戸を保有している場合、売却タイミングと所有期間によって税率が大きく変わる。
所有期間5年超(長期譲渡)の場合、譲渡所得税率は約20%(所得税15%+住民税5%)。5年以下(短期譲渡)は約39%だ。この差は巨大で、1,000万円の譲渡益があれば約190万円の税額差が生じる。バルク売りで複数戸を同年度に売却すると、譲渡益が一気に膨らみ、税額が跳ね上がる。戸別売りで複数年度に分散すれば、給与所得との合算による税率上昇を抑えられるケースもある。
また、取得費の計算も見落としやすい。築年数が古い物件は建物の減価償却が進んでおり、帳簿上の取得費が低くなっている。売却価格から引ける金額が小さくなれば、その分だけ課税対象の譲渡益が増える。これはバルク・戸別売りに関わらず共通の問題だが、バルクで一括売却するとその影響が1年度に集中する。
さらに、法人名義で保有している場合と個人名義では課税の仕組みが異なり、売却益の処理方法も変わる。法人売却では損益通算の余地が広く、売却損が出た場合の繰越も個人より柔軟だ。バルク売りで価格を下げる代わりに、税コストを圧縮できるケースもある。売却価格の差額だけを見て「バルクは損」と決めつけるのは、税引き後の手残りを見ていない判断だ。
現場の判断基準:6つの分岐点
15年の経験で見えてきた判断基準を整理する。これらは「どちらが得か」を決める変数であり、自分の物件に当てはめると、おおむね答えが出る。
| 判断変数 | バルク売りが有利な条件 | 戸別売りが有利な条件 |
|---|---|---|
| 物件の流動性 | 築古・郊外・管理に難あり | 築浅・駅近・管理良好 |
| 買い手層の厚さ | 2億円超・地方・特殊用途 | 1億円未満・都市部・ワンルーム |
| 売り手の時間的余裕 | 6カ月以内に現金化が必要 | 1年以上の余裕がある |
| 次の投資計画 | すぐ次の物件に資金を使いたい | 当面の再投資計画がない |
| 税務・保有期間 | 短期譲渡・法人で損益通算可能 | 長期譲渡・複数年度に分散可能 |
| 賃借人の状況 | 問題賃借人がいる・空室が多い | 安定稼働・長期入居者がいる |
この6変数のうち、3つ以上がバルク有利に傾いているなら、戸別売りに固執する理由は薄い。2つ以下なら、戸別売りで時間をかける価値がある。当然ながら、各変数の重みは物件によって異なる。時間的余裕がまったくない場合は、他の5変数に関係なくバルク一択になる。
価格だけが指標ではない:機会コストの実態
バルク売りで2,000万円「損した」と感じる投資家は多い。だが、「何に比べて損したのか」を正確に測れている人は少ない。仲介で12カ月かけて2,000万円高く売れた場合、その12カ月の間に失ったものを計算する必要がある。
まず、12カ月間の保有コスト(ローン返済・管理費・修繕積立・固定資産税・火災保険)の合計。次に、空室が発生した場合の逸失賃料。そして、その12カ月で次の投資ができなかった機会損失だ。もし同期間に利回り8%・1億円の物件を購入できていたなら、年間800万円のキャッシュフロー機会を失ったことになる。
機会コストは「現金が手元にない期間のコスト」だ。経験が浅い投資家ほど、すでに持っている物件の売却価格にこだわり、次の投資のスピードを軽視する傾向がある。これは心理的にわかりやすい損(2,000万円安く売ること)とわかりにくい損(次の利益を得られなかったこと)の非対称性から来る。
バルク売りの「損」は目に見える。戸別売りの「損」は時間の中に隠れている。どちらも本物のコストだが、投資家の判断に与える心理的影響は非対称だ。この非対称性を意識するだけで、売却の意思決定の質は変わる。
実務上の交渉で差が出る場面
バルク売りを選択した場合でも、買取価格は交渉できる。ほとんどの売り手は最初の提示額をそのまま受け入れるが、業者側には一定の裁量幅がある。特に有効な交渉材料は「複数業者への同時打診」だ。バルク買取業者は競合他社の存在を意識すると、提示額を上げることがある。ただし、この競争が機能するのは物件の魅力度によって異なり、流動性の低い物件では業者も手を挙げない。
また、賃借人の状況を正確に開示することも価格に影響する。問題のある賃借人がいることを隠して売ろうとする売り手は一定数いるが、デューデリジェンスの段階で発覚し、事後的に価格を引き下げられるか、契約が破談になる。最初から正直に開示し、その分を織り込んだ価格交渉を行う方が、結果的に早く・高く着地することが多い。
戸別売りの場合は、売り出し価格の設定が収益差を決める最大の変数だ。高すぎれば問い合わせが来ず、時間だけが経過する。低すぎれば本来取れた価格を取り逃す。適切な査定は複数の仲介業者に依頼し、根拠のある価格帯を見極めることから始まる。「高値を言ってくれる業者に任せる」という選択は、売れない期間を生む最短ルートだ。
最終的に、バルク・戸別の選択よりも「実行できる売却計画を立て、動き続けること」の方が収益差への影響は大きい。判断を先送りにして何もしないまま6カ月が過ぎれば、どちらの手法を選んでも結果は悪化する。
自分の物件を今、どちらで売るべきか。表を見て変数に当てはめれば、おおむねの方向性は出る。それでも迷うなら、「もし来月に緊急で現金が必要になったとき、戸別売りで間に合うか」を自問してみると、答えが見えてくることが多い。
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