WELLSTAR AGENCY COLUMN
売れない理由は立地でも築年数でもなかった
売却査定の場で、最も多く受ける質問がある。「うちの物件、なぜ内見はあるのに決まらないんですか?」だ。価格を下げても成約しない物件の共通点を挙げると、そのほぼ全件に当てはまるのが「空室のまま売りに出している」という事実だ。
買主候補が内見に来る。ガランとした部屋に立ち、白い壁と剥き出しのフローリングを眺め、「まあ、こんなもんか」と帰っていく。この瞬間に、物件の価値は底値まで圧縮されている。問題は物件ではなく、見せ方にある。
ホームステージングとは、家具・照明・小物をプロのコーディネーターが配置し、「生活の理想像」を空間として演出する手法だ。米国では売却物件の約80%に活用されており、日本でも2015年ごろから都市圏の仲介現場に急速に浸透している。ただ「おしゃれにする」だけの話ではない。買主の意思決定メカニズムに直接介入する、れっきとした価格形成戦略だ。
ステージングが売却価格を動かす仕組み
なぜ家具を置くだけで価格が変わるのか。答えは「比較基準の消去」にある。空室状態の物件では、買主は必ず他の物件と機械的に比較する。「同じ築15年なら、あっちの方が100万安い」という判断が生まれる。しかしステージングされた空間に立ったとき、人間の脳は比較モードから「欲しい」という感情モードに切り替わる。この切り替えが起きた瞬間に、値段交渉の主導権は売主に移る。
米国不動産協会(NAR)の調査によれば、ステージングを実施した物件は未実施物件と比較して平均で売却価格が1〜5%高くなり、市場滞在期間は最大73%短縮されるとされる。日本の都市圏での現場感覚も大きく外れていない。1LDKから2LDKの区分マンション帯でいえば、ステージング費用30〜50万円に対して、成約価格が200〜500万円改善するケースは珍しくない。戸建てや広めのファミリータイプであれば、その差は800万〜1,200万円に及ぶ事例も複数経験している。
費用対効果が高い部屋と、やっても無駄な部屋
ステージングはどこに費用をかけるかで結果が大きく変わる。全室にフルコーディネートを入れると費用は膨れ上がり、費用対効果が崩れる。15年の現場感覚から言えば、演出効果が高い場所は決まっている。
最も投資対効果が高いのはリビング・ダイニングだ。買主が滞在時間を最も長く費やす場所であり、「この空間で暮らしたい」という感情が最も起動しやすい。次に玄関。最初の10秒で物件への印象が決まるため、照明・グリーン・小さな棚の配置だけでも大きな効果がある。マスターベッドルームも外せない。特に夫婦・カップルが買主の場合、寝室の演出が意思決定を左右することが多い。
一方、費用をかける優先度が低いのは収納内部とトイレだ。清潔感の確保は必要だが、ステージングの演出にコストを割く費用対効果は薄い。バルコニーも、広さや向きが優れている場合を除いて最低限の清掃で十分だ。
※各スペースに対するステージング実施が成約価格に寄与した割合(筆者の取引データ約60件を基にした概算)
横浜の戸建て売却で900万円改善した実例
横浜市港北区で築23年・4LDKの戸建てを売りに出していたA氏(54歳・製造業経営)の事例が分かりやすい。A氏は元々自宅として購入し、転居後は賃貸に出していたが、テナントが退去したタイミングで売却を決めた。仲介会社の当初査定は4,800万円。3ヶ月間、空室・無家具のまま売却活動を続けたが内見7件で成約ゼロ。値下げを検討していたところで相談を受けた。
現地を確認すると、物件のポテンシャルは悪くなかった。庭が広く、リビングの天井高も2.6mあった。ただ室内に家具が何もなく、壁紙の経年変色と床の傷が強調されて見えていた。ステージング専門会社に依頼し、リビング・ダイニング・玄関・主寝室に家具と照明を配置。費用は月額レンタル方式で月々8万円、初期設定費を含めて初月の実費は42万円だった。
撮り直した写真をポータルに上げた翌週から問い合わせが急増し、再開後の内見8件目で5,680万円での成約が決まった。当初査定から880万円の改善で、ステージング費用(2ヶ月分)との差引きでも約800万円のネット改善だ。
「空室のまま売ってたとき、内見に来た人の顔が全員同じだった。なんとも言えない、興味なさそうな顔。ステージングしてから来た人は違った。部屋の中で立ち止まって、奥さんと何か話してたり、写真を何枚も撮ってたり」
A氏・54歳・製造業経営
大阪のマンション売却で陥った「過剰演出」の失敗
成功例だけ語っても実務の役には立たない。ステージングが裏目に出たケースも見てきた。
大阪市淀川区で築18年・2LDKの区分マンションを売却したBさん(42歳・会社員・独身)は、不動産投資経験2棟目のセミベテランだった。購入価格2,200万円、賃貸運用後の売却希望価格は2,500万円。知人からホームステージングを薦められ、自分で家具をレンタルしてコーディネートを試みた。その判断が誤算だった。
Bさんが選んだのは北欧風のインテリアで統一した演出。クッションや観葉植物を大量に置き、視覚的には確かに「映える」部屋になっていた。ところが実際の間取りは69㎡で、置いた家具の量が多すぎて部屋が狭く見えた。さらにターゲット層として想定されるファミリー層には「生活感がなさすぎる」「自分たちが住むイメージが湧かない」という反応が内見後のフィードバックで相次いだ。結果、成約まで5ヶ月かかり、価格も2,350万円に落ち着いた。希望価格には届かず、ステージング費用(レンタル代含め約30万円)も加算されて手残りは想定を下回った。
ここから分かることがある。ステージングは「映える写真を撮ること」が目的ではない。ターゲット買主の生活スタイルに合わせた「現実感のある理想像」を作ることが本来の目的だ。過剰に洗練された演出は、実需層の買主を遠ざける。専門コーディネーターへの依頼が高価に思えても、ターゲット設定とコンセプト設計を含めてプロに委ねる方が結果的に安上がりになることが多い。
業者選定で見るべき3つの確認項目
ホームステージング業者の数はここ数年で急増した。玉石混交の状態にあり、実績のない業者に依頼すると前述のBさんのような失敗に陥る。業者選定では以下の視点で精査してほしい。
まず成約実績の開示を求めることだ。「ビフォーアフターの写真」だけを見せる業者は多い。しかし写真映えと成約価格の改善は別物だ。「ステージング前後の売却価格の比較」と「成約までの期間の変化」を数値で示せる業者が信頼できる。数字を出せない業者は、効果を把握していないか、効果が出ていないかのどちらかだ。
次にターゲット買主の設定プロセスを確認する。「このエリアで想定される買主は誰か」という議論ができない業者は避けた方が良い。コーディネートの前提となる買主像(ファミリー/DINKS/単身/実需/投資家)の設定が曖昧なままでは、どれほど美しい演出をしても的外れになる。
三点目は、撮影を含めたパッケージ対応かどうかだ。ステージング後に素人撮影の写真をポータルに掲載しても意味がない。演出・撮影・ポータル掲載画像の最適化までを一貫して対応できるかを確認する。費用は上がるが、投資対効果の計算上は一体で発注した方が成果が安定する。
売却価格への介入タイミングと査定との連動
ステージングは売却活動の「入口」で機能させるのが鉄則だ。市場に出して数ヶ月経ってから実施しても、物件の市場での「鮮度」はすでに失われている。ポータルサイトでは掲載開始直後のアクセス数が最も高く、その後は対数的に減衰する。この最初のトラフィックを最大化するタイミングでステージングを完成させ、写真撮影・掲載をスタートさせることが前提だ。
そのためには売却決断と同時にステージングの準備を始める必要がある。空室確認→業者選定→ターゲット設定→コーディネート→撮影→掲載、このサイクルを最短2〜3週間で完了させる段取りが理想だ。現在の売却想定価格は無料査定で把握した上で、査定額にステージング後の価格改善余地をどう織り込むかを仲介会社と議論する順序が良い。
査定額は「現状のまま売った場合」の数字であることが多い。ステージングを前提とした売り出し価格の設定は、仲介会社との共同作業になる。「ステージング込みで○○万円を狙いたい」という意図を明示して仲介会社を選ぶことが、値段交渉の主導権を維持するために効く。売却タイミングや手取り試算の個別相談は売却相談から入ってもらうことで、数字の前提を揃えた状態で話ができる。
| 項目 | ステージングなし | ステージングあり |
|---|---|---|
| 平均内見件数(成約まで) | 12〜18件 | 4〜8件 |
| 平均成約期間 | 4〜6ヶ月 | 1.5〜2.5ヶ月 |
| 値引き交渉の発生率 | 約65% | 約30% |
| 値引き幅の平均 | 売り出し価格の3〜5% | 売り出し価格の1〜2% |
| ステージング費用(初期) | — | 30〜80万円 |
| 成約価格の改善幅(区分) | — | +200〜500万円 |
| 成約価格の改善幅(戸建て・広域) | — | +600〜1,200万円 |
手放す決断を早める効果も見逃せない
ステージングを語るとき、価格改善だけに注目が集まりがちだが、もう一つ重要な効果がある。「売り切るまでの保有コストの削減」だ。成約期間が4ヶ月から2ヶ月に短縮されれば、その間の固定資産税・管理費・ローン利息の支払いが丸ごと浮く。都市部の区分マンションであれば、2ヶ月分だけで20〜40万円のコスト差が生まれる。価格改善との合算で考えれば、ステージングの費用対効果はさらに高くなる。
また、売却活動が長引くことへの精神的なコストも現実にある。「いつ売れるか分からない」状態は、次の投資判断を鈍らせる。資金が固定されたまま他の機会を見送り続けるリスクは、数字に現れない損失だ。短期間で確定させたい場合は買取という選択肢もあるが、仲介での売却を前提とするなら、ステージングは「早期成約のための最も費用対効果の高い手段」として位置づけられる。
複数棟を保有している投資家であれば、一棟を売り切って得た資金でより利回りの高い物件に組み替える、いわゆるポートフォリオの更新サイクルを回す意味でも、成約期間の短縮は戦略的な価値を持つ。「売却は待てばいい」という発想が機会損失を生んでいるケースは少なくない。
今の物件をそのまま手放すのか、仕込んで手放すのか
この判断を迫られる投資家が増えている。空室・無家具・現状引き渡しで出すのが常識だった時代は、少なくとも都市圏の実需向け物件の売却においては終わりに近づいている。買主の選択肢が増え、ポータルサイトでの比較が容易になった環境では、物件の見せ方が価格の上限を決める。
あなたの手元にある物件は、今の状態で市場に出した場合、買主の目にどう映っているか。一度その視点で想像してみる価値がある。
FOR SUBSCRIBERS
不動産投資コラムを
定期的にお届けします
1棟収益物件投資に役立つ、
実務家ならではの視点と最新の市況を、
LINEまたはメールでお届けします。
配信は週1〜2回。ご不要になれば、いつでも解除いただけます。
配信: 株式会社ウェルスターエージェンシー


