WELLSTAR AGENCY COLUMN
「法人化すれば節税できる」という言葉の裏側
先日、埼玉県川口市内で1棟マンションを2棟保有する40代のサラリーマン投資家から相談を受けた。「税理士から法人化を勧められたが、本当に自分のケースで効くのか確信が持てない」という内容だった。年収1,200万円のサラリーマンで、不動産所得が年間350万円ほど出ている状況。話を聞けば聞くほど、その税理士のアドバイスは間違っていないが、前提条件を十分に検討しないまま「法人化」という結論だけが先行していることがわかった。
法人化による所得分散の効果は、確かに存在する。だが「誰にでも効く」わけではないし、むしろ法人化によってコストと手間が増え、実質的なキャッシュフローが悪化するケースも珍しくない。以下では、机上の節税論ではなく、現場で実際に起きていることを軸に検証していく。
所得分散の仕組み自体はシンプルだが、前提が複雑
法人化による所得分散の本質は、個人の累進課税から法人の比例課税へ課税構造を切り替えることにある。個人の所得税・住民税の最高税率は合算で55%に達するが、法人税・地方法人税・住民税・事業税を合算した実効税率は資本金1億円以下の中小法人であれば概ね23〜34%程度に収まる(所得水準によって変動)。この税率差を利用して、法人で稼いだ収益を役員報酬として複数の家族に分散させれば、課税所得を意図的に分割できる。
ただし「分散できる」ためには、報酬を受け取る家族に実質的な業務実態が求められる。名目だけの役員報酬は税務調査で否認されるリスクがある。また法人を設立すれば、法人住民税均等割(最低でも年7万円程度)、社会保険料の法人負担分、税務申告費用(顧問税理士費用として年30〜60万円が相場)が固定費として発生する。これらのコストを差し引いた「実質的な節税効果」を数字で試算しないまま法人化を決断するのは危険だ。
上のグラフは税率の構造を示したものだが、現実の手取りを決めるのはこの税率差だけではない。法人の固定コスト、役員報酬の設計、さらに言えば金融機関からの見られ方まで含めて評価しなければ、節税効果の試算は絵に描いた餅になる。
横浜市の会社経営者が直面した「想定外の固定費」
横浜市神奈川区内で1棟アパート(築18年・8戸・取得価格6,800万円・表面利回り8.2%)を保有するA氏(52歳・建設関連の会社を経営・配偶者と子2人)は、3年前に不動産管理法人を設立した。本業の法人とは別に、妻と長男(当時22歳)を役員として各月20万円・10万円の役員報酬を設定。年間で妻に240万円、長男に120万円の報酬を分散させ、本人の課税所得を大幅に圧縮する計画だった。
試算上の節税額は年間約180万円。ところが実際に蓋を開けると、管理法人の税務申告費用が年間48万円、社会保険料の法人負担分(妻・長男ぶん合算)が年間約65万円、法人住民税均等割が約15万円。固定費だけで年間128万円が出ていく。さらに長男が翌年就職して役員報酬を受け取れなくなったため、分散効果が当初計画の半分以下になった。「節税できている実感はあるが、想定の6割くらいの効果。もう少し小さいスキームでよかったかもしれない」とA氏は振り返る。
「節税できている実感はあるが、想定の6割くらいの効果。もう少し小さいスキームでよかったかもしれない」
A氏・52歳・横浜市・建設関連会社経営
A氏のケースは失敗ではない。実質的に年間50万円超の節税効果は出ており、法人の枠組みを使った経費計上の幅も広がっている。ただ当初の試算との乖離が大きく、「期待値を適切に設定できていなかった」という意味での誤算は起きている。法人化の費用対効果は、設立初年度よりも3〜5年の累積で評価するのが実態に即している。
所得分散の効果が「出やすい人」と「出にくい人」の境界線
現場での経験から言うと、法人化による所得分散の恩恵を受けやすいのは、次の条件が重なる人物像だ。本業の給与または事業所得がすでに課税所得ベースで1,000万円を超えており、かつ不動産所得が500万円以上出ている。加えて、報酬を実態ある形で分散できる家族(専業主婦・退職後の親・成人した子など)が2名以上存在する。この3点が揃わない場合、節税効果がコストを上回る「損益分岐点」に達しない可能性が高い。
逆に効果が出にくいのは、不動産所得が200〜300万円程度に留まっており、かつ家族に実態ある業務を担わせるのが難しいケース。法人から本人だけに役員報酬を支払う構造では、個人で受け取るのと課税構造がほぼ同じになり、法人の固定費分だけ純粋に負担が増える。「法人化すれば節税」という図式が成立するのは、あくまで「分散の受け皿」が存在することが前提だ。
サラリーマン投資家に固有の「給与との合算問題」
冒頭の川口市の相談者のようなサラリーマン投資家の場合、もう一つ見落とされがちな論点がある。給与所得と不動産所得が合算される個人課税の仕組みの中では、法人から受け取る役員報酬も給与所得として加算される。つまり、法人設立後に自分への役員報酬を増やしすぎると、本業の給与と合算されて結局高い税率がかかる。本人への報酬は最低限に抑えつつ、配偶者や家族への分散を厚くする設計が基本になるが、それには「配偶者が実際に何らかの業務を担う」という実態の担保が欠かせない。
大阪市の医師が得た「想定を超えた効果」と、その理由
対照的に、所得分散の効果が想定以上に機能したケースもある。大阪市淀川区で区分マンション4戸・1棟アパート1棟(合計取得価格1億8,000万円・年間家賃収入約1,380万円)を保有するB氏(48歳・開業医・配偶者は元看護師で現在専業・成人した子が1名)は、2年前に不動産管理法人を設立し、妻に月35万円、子(25歳・フリーランス)に月15万円の役員報酬を設定した。
B氏の場合、本業の診療報酬が課税所得ベースで約3,200万円あり、不動産所得も年間400万円前後発生していた。開業医という属性上、所得税の最高税率(45%)に住民税10%を加えた55%に近い水準が長年続いており、この構造を崩すことが最大の動機だった。法人化後、妻の役員報酬420万円・子の報酬180万円を含む年間600万円の分散に加え、法人を通じた修繕費・保険料・出張費等の経費化も進んだ結果、個人の不動産所得はほぼゼロに近づいた。試算した節税効果は年間約220万円。固定コスト(税理士費用50万円・社会保険料法人負担約80万円・均等割15万円)を差し引いても実質年間約75万円の純節税効果が出ており、設立初年度から収支がプラスに転じた。
B氏のケースが機能した理由は明確だ。そもそもの課税所得が高く、税率差のメリットが大きい。妻が以前の職業経験を活かし管理業務・入居者対応を実際に担っており、役員報酬の実態が担保されている。子も収入が低いフリーランスのため、報酬を受け取っても低い税率で課税されるにとどまる。この三つが揃ったことで、スキームが設計通りに機能した。
見落とされやすい「融資・出口」への影響
節税効果の検証に集中するあまり、融資と売却時の影響が後回しになるケースが多い。法人化後に新規融資を受ける場合、金融機関は法人の決算書を基に審査する。設立初年度や2期目の法人は決算実績が薄く、個人での借入れよりも審査が慎重になりやすい。特に地方の信用金庫・信用組合系は、法人融資に慎重なところが少なくない。「節税できたが次の物件を買えなくなった」という本末転倒を避けるために、現在の融資戦略との整合性を先に確認しておく必要がある。
出口に関しては、法人が保有する物件を売却した場合、譲渡益は法人の通常利益として課税され、個人の長期譲渡所得(20.315%)のような優遇税率は適用されない。保有期間5年超の物件を近い将来に売却する計画があるなら、法人に移してしまうと税負担が増える可能性がある。この点は、物件を「どのタイミングで・誰名義で・どう出口を取るか」という全体戦略の中で法人化の位置づけを決めないと、後から修正が効かない。
既存物件の「移し方」問題
個人保有の既存物件を法人に移転する方法は大きく二つある。法人への売却(売買)か、現物出資かだ。売買の場合、個人に譲渡所得課税が発生する。短期保有(5年以内)の物件であれば税率39.63%が適用され、含み益が乗っているなら相当の税コストがかかる。現物出資は手続きが複雑で、不動産鑑定費用も必要になる。このため、既存物件を法人に移転するよりも「新規購入物件から法人名義で取得し始める」という方法が現実的なケースが多い。移転コストを無視して「全部法人に」と考えると、節税どころか売却時の課税で資産が目減りするリスクがある。
「何年で元が取れるか」を最初に計算する
法人化の意思決定に際して、現場で最も使い勝手が良い判断軸の一つが「損益分岐点年数」だ。計算式は単純で、「年間節税効果(純額)÷(法人設立コスト+当初固定費)」で初年度の回収率が出る。これを積み上げて何年で設立コストを回収し、以降はどの程度の年間効果が続くかを試算する。
設立コストとして現実的に見積もるべき数字は、法人設立費用(司法書士費用含め25〜35万円)、初年度の税理士費用・社会保険加入コスト・均等割をまとめると初年度だけで70〜100万円程度になることが多い。これを年間純節税効果で割ると、効果が小さい場合は「元を取るのに5年以上」というケースが珍しくない。A氏の事例に戻ると、年間実質節税効果約50万円に対し初年度コストが約128万円プラス設立費用30万円で計158万円。単純回収で3年以上かかる計算だ。これが長いか短いかは個人の判断だが、「設立してすぐ効果が出る」という期待は持ちすぎない方がいい。
B氏の実質節税効果75万円対固定コスト145万円という数字を見ると、一見コストが効果を上回っているように見える。ただB氏の場合は「税率差による節税」以外に、法人経費として落とせる費用の範囲が広がったこと(生命保険・社用車・出張費等)による経費計上メリットが別途積み上がっており、それを含めると総合的な手元残りは改善している。所得分散効果だけを切り取った数字で判断すると見誤ることもある。
税理士選びが結果を左右する現実
法人化の費用対効果は、スキームの設計精度に大きく依存する。役員報酬の金額設定、期中の変更禁止ルール(事業年度開始から3か月以内に設定・変更が原則)、社会保険との兼ね合い、消費税の課税事業者判定など、設計を誤るとかえってコストが膨らむ。これを適切にハンドリングできる税理士は、「不動産投資の実務に精通している」かどうかで大きく差がある。一般的な法人税申告の経験と、不動産管理法人の設計・運営支援の経験は別物だ。
費用だけで税理士を選ぶと、法人化後の設計が粗くなるリスクがある。年間顧問費用が安くても、役員報酬設定の失敗一つで数十万円の余分なコストが発生する。事前の無料相談を複数社でこなし、「自分のケースでの年間節税効果と固定コストを具体的な数字で出してもらえるか」を試金石にするのが実践的だ。抽象的な説明しかしない税理士は、不動産投資の実務を深く扱っていない可能性が高い。
法人化を「したほうがいいか」より先に問うべきこと
法人化の是非を議論する前に、現状の個人の課税構造をきちんと把握しているかどうかを確認してほしい。源泉徴収票と確定申告書を並べて「自分の課税所得はいくらで、実効税率は何%か」「不動産所得が今後どう推移するか」「5〜10年以内に物件を売却する予定があるか」。この三つの問いに即答できない状態で法人化の検討を始めても、税理士との会話が噛み合わない。
法人化が「効く」かどうかは、スキームの巧拙ではなく、そもそも分散する所得の量と受け皿の質が揃っているかどうかで決まる。その前提が整っていれば、管理法人は強力なツールになる。整っていなければ、年間100万円超の固定費を払いながら書類と手間が増えるだけの仕組みになりかねない。あなたの手元の数字は、どちらを示しているだろうか。
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配信: 株式会社ウェルスターエージェンシー






