WELLSTAR AGENCY COLUMN
償却終了の翌年、手取りが突然減った理由
先日、埼玉県川口市で築古アパートを2棟保有するB氏(60代・元サラリーマン、妻と二人暮らし)から連絡があった。「去年まで毎年100万円以上の還付があったのに、今年は逆に税金を50万円以上払う羽目になった。物件の収入は変わっていないのに何が起きているのか」という内容だった。
答えは単純だ。2棟のうち築28年の木造アパート(取得価格2,800万円・8戸・表面利回り9.2%)の減価償却期間が終了し、年間約120万円あった経費計上がゼロになった。課税所得がその分だけ上乗せされ、他の給与所得と合算されて税率が跳ね上がった。収入は同じ、支出も同じ、なのに手取りが年間170万円近く落ちた計算になる。
減価償却費は実際には出ていかない「帳簿上の経費」だと理解している投資家は多い。だがその消滅が保有コスト構造にどう波及するかを、事前に試算している人は驚くほど少ない。
減価償却が終わると何が変わるか──コスト構造の再整理
木造物件の法定耐用年数は22年。中古で取得した場合は「(22年-経過年数)+経過年数×0.2」の簡便法で計算する。築20年で取得すれば耐用年数は6年、築25年以上なら最短4年になる。この「短期間で大きく償却できる」という仕組みが中古木造アパート投資の税務上の旨味だったわけだが、その期間が終わると状況は一変する。
キャッシュフローと税務上の所得のズレが逆転するのが最大の変化だ。償却期間中は「帳簿上の赤字=節税」が成立するが、終了後は同じ家賃収入に対して修繕費・管理費・金利だけが経費として残り、純粋な課税所得が表面に出てくる。ここで問題になるのが三つの構造変化だ。
第一に所得税・住民税の実質増加。年間の減価償却費が消えた分だけ課税所得が増える。課税所得が330万円を超えて695万円以下の層なら税率は20%(住民税10%と合算で約30%)。年100万円の償却費消滅は年30万円の税負担増に直結する。
第二に融資の継続問題。金融機関は積算評価を行う際に「法定耐用年数を超えた物件」を担保として厳しく評価する。既存借入のリファイナンスや追加融資の際、担保価値の再査定で融資枠が縮小するケースが現実に起きている。
第三に修繕コストの増大局面との重なり。築20年超の木造物件は外壁・屋根・給排水設備の大規模修繕サイクルに入ることが多い。償却が終わるタイミングと修繕ピークが重なるのは偶然ではなく、物件の築年数的な必然だ。
償却終了後の実質保有コストをどう計算するか
「実質利回り」という言葉は使い古されているが、償却終了後に改めて自分の物件で計算し直した投資家は少ない。以下の枠組みで考えると整理しやすい。
年間家賃収入からまず管理費(家賃収入の5〜8%)、固定資産税・都市計画税(取得価格の0.5〜1.2%程度)、火災保険料、ローン元金返済を除いた金利部分を引く。ここまでは多くの人が計算している。問題はここから先だ。
まず税引き後のキャッシュフローを出すには、課税所得に実効税率を掛けた税額を差し引く必要がある。償却があった時期は課税所得がほぼゼロかマイナスだったため、この計算を省略してきた投資家が多い。償却終了後は省略できない。
次に修繕積立の概念費用を計上する。実際に毎年出ていくわけではないが、「この物件を適正な状態に維持するために年間いくら積み立てるべきか」を計算に入れないと、将来の大規模修繕で手元資金が枯渇する。築20年木造の場合、屋根・外壁・設備更新を含めた修繕費の年均等化は戸数×3〜5万円を目安にする実務家が多い。8戸なら年間24〜40万円の概念費用だ。
これらを全部引いて残った数字が「実質手取り」であり、これを物件の現在市場価格で割ったものが真の実質利回りになる。
上のグラフは川口市のB氏物件を実際に試算したイメージだ。表面9.2%が最終的には3.4%まで落ちる。この数字が「売るか保有し続けるか」の判断基準になる。
横浜市のC氏が直面した売却タイミングの判断
横浜市港北区で1棟マンションを保有するC氏(50代・医師、既婚・子2人)のケースは、売却タイミングの難しさをよく示している。築23年・RC造・12戸・取得価格8,500万円・表面利回り7.8%の物件で、取得から約10年が経過していた。
RC造の法定耐用年数は47年。築23年で取得したため、簡便法で残存耐用年数は(47-23)+23×0.2=28.6年、つまり29年の償却期間が残っていた。C氏にとっては「まだ20年近く償却が続く」という安心感があり、売却を考えたことはなかったという。
問題は別のところにあった。物件の空室率が取得当初の5%から18%に上昇し、実質的な家賃収入が年間で約180万円落ちていた。管理会社から「設備の老朽化と競合物件の新築供給が重なっている」と報告を受けたが、リフォームや設備更新に対応する手元資金の捻出が難しく、対策が後手に回った。
C氏が相談に来たとき、物件の実勢価格は約7,800万円と査定された。取得価格より700万円低い水準だ。だが帳簿上の未償却残高はまだ約5,900万円あり、売却すれば帳簿価格と売却価格の差額(約1,900万円)が譲渡益として課税される(5年超保有のため長期譲渡税率20.315%で約386万円)。さらに既存融資の残高が約5,200万円あり、売却後の手残りはわずか220万円前後になる計算だった。
一方で保有を続けた場合、年間の実質手取りは修繕費増加・空室損を織り込むと約150万円。この利回り水準(投下資金8,500万円に対して約1.8%)が今後10年続くとすると、機会費用を考えれば保有継続のメリットは薄い。C氏は最終的に、空室対策として設備更新に2年間・計800万円投資して稼働率を回復させてから売却するという判断をした。売却が「今すぐ」ではなく「稼働率を戻してから」という順序になったのは、現在の価格では売却損が確定してしまうためだ。
「償却が長く続くから安心だと思っていたが、それと物件の競争力は別の話だった。空室が増えている現実に向き合うのが2年遅れた」
C氏・50代医師
「保有継続」か「売却」かを判断する実務上の軸
手残りと機会費用の比較が先
感情的に「まだ償却が残っている」「せっかく持った物件を手放したくない」という判断をしてしまう投資家は多い。だが償却残高は現金ではない。意思決定の基準は「この物件に縛られた資産(自己資金+含み益)を別の運用に回したら何%になるか」との比較だ。
仮にC氏が売却で手残り220万円しか残らないとしても、その220万円+ローン完済後の資産解放という観点で考えると状況は変わる。ただし実際には「売ってもほぼ手残りゼロ」に近い状況なら、売却コスト(仲介手数料・抵当権抹消・税金)を差し引けばむしろマイナスになるケースもある。この場合は保有して稼働率を上げながら融資残高を減らすか、任意売却等の整理を検討するかという二択になる。
修繕計画と融資の両面から見た5年後のシナリオ
償却終了後の物件を保有し続けるなら、5年後に何が起きているかを現実的にシミュレーションする必要がある。修繕費は増えるか、賃料は下がるか、融資のリファイナンスは可能か、という三つの変数が絡む。
融資のリファイナンスについては特に見落としが多い。現在の借入が変動金利の場合、金利上昇局面では返済額が増える。かつ法定耐用年数を超えた物件に対して追加融資や借り換えに応じない金融機関が増えている現状では、「今の融資条件が10年後も維持される」という前提で計画を立てるのは危険だ。
| 判断軸 | 保有継続が有利な条件 | 売却検討が有利な条件 |
|---|---|---|
| 実質手取り利回り | 4%以上(修繕・税引き後) | 3%未満で改善見込みなし |
| 空室率 | 10%以下で安定 | 15%超かつ上昇傾向 |
| 融資残高と市場価値の比較 | LTV60%以下 | LTV80%超でリファイナンス困難 |
| 大規模修繕の見通し | 5年以内に大規模修繕なし | 3年以内に屋根・外壁・設備の更新必要 |
| エリアの需給 | 人口増・競合物件少ない | 人口減少・新築供給過多 |
| オーナーの税務状況 | 他の損益で相殺できる余地あり | 高所得で課税所得が大幅増 |
償却終了後も「使える経費」を見落とさない
減価償却費がなくなると「もう経費がない」と思い込む投資家がいるが、これは誤りだ。実際に支出している費用のうち経費計上できるものを正確に拾い直すことで、課税所得を適正水準に抑えることができる。
修繕費は「資本的支出」か「修繕費」かで扱いが変わる。1件20万円以下の修繕や、おおむね3年以内に繰り返す性質のものは全額経費計上できる。一方、耐用年数を延長するような工事(耐震補強・間取り変更など)は資本的支出として新たに減価償却の対象になる。この区分を税理士と事前に整理しておくことで、大規模修繕の年に一気に経費計上できる額が変わってくる。
また、管理費・損害保険料・ローン利息・固定資産税は引き続き全額経費だ。さらに見落としがちなのが「業務上の交通費・通信費・図書費」などの事業関連費用だ。複数棟を保有して事業的規模(5棟10室以上)に該当する場合、青色申告特別控除65万円も使える。これだけで税負担が年10〜20万円変わる投資家もいる。
加えて、建物付属設備(エアコン・給湯器・照明など)は建物本体とは別に耐用年数6〜15年で減価償却できる。築古物件で設備更新を行った場合、新たに設備の減価償却が始まる。これが実質的に「焼け野原に小さな木を植え直す」ような効果をもたらす。川口市のB氏はこの点を税理士から指摘されるまで気づいておらず、給湯器・エアコン一括更新で新たに年間18万円の減価償却費が生まれた。
複数棟保有者が考えるべき物件間のバランス
1棟だけ持っている投資家と、複数棟保有している中級投資家では、償却終了への対処が根本的に違う。複数棟保有者の場合、ポートフォリオ全体で「償却が厚い物件」と「償却が終わった物件」のバランスをどう保つかが課題になる。
一般的な戦略として、木造築古(短期高償却)を償却終了後に売却し、新たにRC造中古(長期中程度の償却)を購入して入れ替えるサイクルがある。ただしこの入れ替え戦略は「売却益に課税される」「購入時の諸費用がかかる」「融資環境によっては次の物件を取得しにくい」という三つの摩擦を伴う。単純に「償却が終わったら売る」という法則があるわけではなく、売却益の税額・次の物件の利回り・市況の三点をセットで判断する必要がある。
B氏のケースに戻ると、川口市の2棟のうち償却が終わったアパートは築28年・木造で、市場価格は約3,200万円(取得価格2,800万円より400万円高い)、融資残高は約900万円。売却すれば手残りは2,000万円前後になる試算だった。この資金を使って千葉県市川市の築15年・RC造・8戸・5,800万円の物件を購入した場合、新たに約20年の償却期間が始まり、年間の節税効果が復活する。B氏は2024年中に売却を決断し、現在は入れ替え先の物件を精査している段階だ。
入れ替え先の物件選定では「新たな償却効果の大きさ」だけを基準にしてはいけない。賃貸需要・管理のしやすさ・エリアの将来性が担保されない物件を「節税目的」だけで買うと、また同じ問題を先送りするだけになる。減価償却はあくまで課税の「繰り延べ」であって、物件の本質的な収益力を補うものではない。
15年この仕事をしていると、同じ失敗が繰り返されるのを目の当たりにする。償却の旨味だけで購入し、終了後に初めて「この物件は本当に稼いでいるか」を問い直す。その問いは購入前にするものだ。あなたの物件の償却終了は何年後か──その先のキャッシュフローの絵を、今の段階で一度描いてみる価値がある。
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