WELLSTAR AGENCY COLUMN
「控除が使えると聞いていたのに、申告してみたら対象外でした」──そう言って相談に来たのは、横浜市港北区に築38年の木造一戸建てを相続した60代の女性だった。お母さんが亡くなった翌年に売却を済ませ、翌々年の確定申告で税理士に依頼したところ、3,000万円特別控除は適用できないと告げられた。売却益は約1,800万円。控除があれば税負担はゼロのはずが、実際には約350万円の譲渡所得税が発生した。
理由を確認すると、物件の状態が問題だった。売却前にリフォームを施し、引き渡し時点では「居住用の状態」ではなくなっていた。彼女が使おうとしていたのは「被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除」、いわゆる「空き家特例」と呼ばれるものだ。この特例は、一般に語られる「マイホームを売ったときの3,000万円控除」とは別の制度であり、適用要件もまるで異なる。
「自宅売却の3,000万円控除」と「相続空き家の特例」は別物
不動産売却で使える3,000万円特別控除には、大きく2つのルートがある。混同すると対策の方向性そのものが狂う。
ひとつ目は、租税特別措置法35条に基づく「居住用財産を譲渡した場合の3,000万円特別控除」。自分が住んでいた家を売るときに使う制度で、売却の直前まで自分が居住していることが前提になる。相続で取得した家に自分が住み続け、それを売る場合はこちらが適用対象になり得る。
もうひとつが、同法35条の3に規定された「被相続人の居住用財産に係る譲渡所得の特別控除(空き家特例)」だ。被相続人(亡くなった人)が住んでいた家を相続した後、自分は住まずに売却するケースに対応している。制度が創設されたのは2016年で、全国各地で増え続ける空き家を流通させることを目的としている。相続に絡む3,000万円控除の話をするとき、多くの場合はこちらが焦点になる。
| 項目 | 居住用財産の3,000万円控除 | 空き家特例(相続用) |
|---|---|---|
| 適用できる人 | その家に自分が居住していた人 | 空き家を相続した人 |
| 被相続人の居住実績 | 不問 | 相続直前まで1人暮らしが原則 |
| 売却時の物件状態 | 売却前に退去していればOK | 耐震基準適合または更地渡し |
| 売却期限 | 退去後3年目の年末まで | 相続開始から3年目の年末まで |
| 売却価格の上限 | なし | 1億円以下(税込) |
| 控除額の按分 | 原則なし | 2024年以降、相続人数で按分あり |
空き家特例の6つの要件、そのどれかが欠けても使えない
空き家特例は複数の要件を同時に満たす必要がある。現場で見ていると、「1つか2つの条件が引っかかって使えなかった」というケースが少なくない。以下では実務上つまずきやすい箇所に絞って整理する。
「1人暮らし」の壁──同居家族がいると対象外になる
空き家特例が適用されるのは、被相続人が相続直前に「1人でその家に住んでいた」ことが原則だ。配偶者や子どもと同居していた場合、原則としてこの特例は使えない。老人ホームや介護施設に入居していたケースは、一定要件を満たせば「居住していたもの」とみなされる2019年の改正で救済されたが、施設入居の前から同居家族がいた場合は依然として対象外になる。
「両親が二人で暮らしていて、先に父が亡くなり、母が一人になってから3年後に母も亡くなった」というパターンは特例対象になり得る。一方、「父が亡くなった後も子どもが実家に戻って同居していた」という場合は、その時点から同居が発生しているため、母の相続時に特例を使おうとしても原則通らない。家族構成の経緯が問われる制度だということを先に把握しておきたい。
物件の「状態」が引き渡し時点まで問われる
2024年1月以降に行われた売却については、制度が一部見直された。従来は「売却時に耐震基準に適合しているか更地にしていること」が条件だったが、改正後は「買主が引き渡し後1年以内に耐震改修または解体を行う」ことでも特例が適用できるようになった。これにより、売主側の負担は軽くなったが、買主との契約書に適切な条件を盛り込む必要がある。単純に「現状引き渡し」とだけ書いた契約では特例が使えなくなるため、売却時の契約書の記載内容は慎重に確認する必要がある。
また、区分マンションはこの特例の対象外だ。一戸建て・または一棟建物の敷地ごと売却する場合が対象で、分譲マンションの一室を相続して売却するケースには使えない。マンションを相続した方は、別途「取得費加算の特例」(後述)を検討することになる。
控除額が「3,000万円まで」でなくなるケース──2024年改正の影響
2024年1月以降の売却から、相続人が複数いる場合は控除額が按分される仕組みになった。具体的には、相続人が2人いれば一人あたり1,500万円、3人いれば1,000万円が上限となる。従来は「相続人の人数に関わらず3,000万円」だったため、実質的な控除額が大きく削られた形だ。
この改正は、兄弟3人が共同相続したケースなどで特に影響が大きい。売却益が2,400万円あったとしても、相続人3人で持分が等分なら各自の控除は1,000万円、課税される譲渡益は一人当たり800万円(2,400万円÷3-1,000万円)となる。旧制度なら各自3,000万円の控除が使えたため、全員が無税で売却できていた。改正の事実を知らずに「控除があるから大丈夫」と考えていると、思わぬ税負担が生じる。
なお、売却価格の上限は引き続き「1億円以下(税込)」だ。相続した自宅が都市部の好立地で売却価格が1億円を超える場合、この特例そのものが使えなくなる。その場合は、「取得費加算の特例」の活用を検討することになる。
空き家特例が使えないときの代替手段──取得費加算の特例
相続税を支払っている場合に限り、「相続財産に係る譲渡所得の課税の特例(取得費加算)」が使える。これは、支払った相続税の一部を譲渡所得の計算上の「取得費」に加算することで、課税される譲渡益を圧縮する制度だ。
加算できる金額は、「支払った相続税額 × (売却した不動産の相続税評価額 ÷ 相続した財産の総評価額)」で計算される。相続税を多く支払っていて、かつ売却する不動産の評価額の割合が大きいほど、加算額は増える。
この特例は相続開始から3年10か月以内の売却が要件だ。空き家特例が「3年目の年末まで」なのに対し、こちらは「3年10か月以内」と少し長い。ただし、相続税の申告期限(10か月)が起算点になるため、相続開始からは実質4年8か月以内に売却すれば間に合う計算になる。期限の起点が異なることは混乱しやすいため、相続税の申告書を手元に置いて確認したほうがいい。
相続税の概算は相続税目安チェッカーで3分で試算できる。相続税の負担額を把握した上で、取得費加算との組み合わせを検討するとよい。
現場で見た2つのケース──判断の分岐点はどこにあったか
埼玉県さいたま市浦和区に築42年の木造一戸建てを相続した、64歳の会社員・田中氏(仮名)の話だ。母親が一人暮らしをしていた実家で、土地評価額が4,200万円、建物は固定資産税評価額で120万円。相続人は田中氏一人で、相続税は発生しなかった。売却価格は4,500万円で、取得費の証明が難しいため概算取得費(売却額の5%)で計算すると譲渡益は約4,275万円にのぼる。
田中氏は売却前に家屋の耐震診断を受け、既存不適格であることを確認した上で解体して更地にしてから売却した。相続開始から14か月後の売却だったため期限内であり、相続人が1人だったことで控除は3,000万円のまま。課税対象の譲渡益は1,275万円に圧縮され、税率20.315%(長期譲渡)で計算した税額は約259万円だった。解体費用として約120万円を支出したが、それを差し引いても空き家特例なしのケースと比べて約450万円の節税になっている。
「解体するのがもったいないという気持ちはありました。でも、住める状態でもなかったし、売れてから買主が壊すより、自分たちで壊してから売るほうが税金の計算上も有利だと教えてもらったので」
田中氏・64歳・会社員(さいたま市浦和区)
対照的なケースが、大阪市東住吉区に築30年のマンション1室(専有面積72㎡)を相続した57歳の自営業・村上氏(仮名)だ。亡くなった父親は同マンションに妻(村上氏の母)と二人暮らしで、父の死後は母が引き続き居住していた。母が施設に入ったタイミングで空き家になり、その2年後に売却を検討した。売却価格は2,100万円、長年にわたる減価償却と取得費の不明確さから譲渡益は約1,600万円と試算された。
村上氏は当初「空き家特例が使える」と思っていたが、相談の結果、適用不可であることがわかった。理由は2点。第一に、対象が区分マンションであること。第二に、相続直前まで母親(被相続人ではない)が居住していたこと──被相続人である父が亡くなった時点で同居者(母)がおり、その後も母が居住していたため「相続直前の居住実績」を父に帰属させる要件が満たせなかった。結果として相続税の申告があったことを活かし、取得費加算の特例で約180万円を取得費に加算する形で一部圧縮した。税額は約280万円となり、「控除が使えていれば税負担はほぼゼロだった」という結果に終わった。
売却のタイミングと節税の優先順位をどう組み立てるか
空き家特例の期限は「相続開始の日から3年を経過する日の属する年の12月31日まで」だ。たとえば2022年6月に相続が発生した場合、2025年12月31日が期限になる。感覚的には「3年あれば余裕」と思いがちだが、遺産分割の協議に時間がかかったり、相続登記に手間取ったりして、気づいたら残り半年、という状況になることは珍しくない。
また、売却のタイミングを検討する際は、長期譲渡所得と短期譲渡所得の税率差も見ておく必要がある。被相続人の取得時から通算して5年超保有していれば長期(約20%)、5年以下なら短期(約39%)が適用される。相続で取得した場合、「被相続人が取得した日」が引き継がれるため、築年数の古い物件は自動的に長期譲渡になることがほとんどだ。
売却か保有か、あるいは共有持分の整理かという出口の選択肢が複数あるケースでは、特例の適用可否だけでなく、相続人間の合意形成コストや物件の維持費、将来の賃貸需要も含めて判断する必要がある。個別の判断は相続不動産の無料相談を活用することで、税務・不動産の両面から整理しやすくなる。
申告手続きで見落としやすい点を先に片付けておく
空き家特例を申告する際は、確定申告書に加えて「譲渡所得の内訳書」と複数の添付書類が必要になる。売買契約書のコピー、被相続人の除票住民票、売却物件の登記事項証明書、耐震基準適合証明書または解体の事実を証明する書類(建物滅失証明書など)が代表的なものだ。耐震改修や解体を買主側が行う2024年改正後のルートでは、買主が工事を完了した後に証明書類を取得して追加申告するという手順が生じる場合もある。
申告期限は売却した翌年の3月15日。物件引き渡しが12月末だった場合、証明書類の収集から申告書の作成まで2か月半しかない。解体業者や耐震診断機関の手配は、売却活動と並行して早めに動いておくことが現実的だ。書類の不備で特例が否認されるケースも実際にあるため、売却が決まったタイミングで税理士に相談を開始するのが安全だ。
相続から売却まで一気に進めようとすると、遺産分割・相続登記・物件の整理・売却活動・税務申告が同時進行になる。それぞれの期限と優先順位を、家族間で早期に共有しておくかどうかが、最終的な手取り額の差として現れてくる。
あなたが相続した物件が「一戸建てかマンションか」「被相続人は一人暮らしだったか」──この2つの問いへの答えが、控除の入口を決める。手続きを進める前に、まずここを確かめてほしい。
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