投資家のためのDSCRの重要性と銀行評価の仕組みの基礎と応用

WELLSTAR AGENCY INVESTMENT COLUMN

不動産投資において、物件の収益性を示す指標は多岐にわたります。表面利回りや実質利回りは一般的ですが、融資を利用した投資において最も重要視される指標の一つが「DSCR(Debt Service Coverage Ratio:借入金償還余裕率)」です。

DSCRは、物件から得られる純収益が、年間のローン返済額に対してどれほどの余裕があるかを示す数値です。本記事では、DSCRの基本的な計算方法から、銀行が融資審査でどのようにこの数値を活用しているのか、そして投資家がリスク管理や出口戦略にどう応用すべきかを体系的に解説します。

本解説の要点:

  • DSCRは「純収益 ÷ 年間元利返済額」で算出される。
  • 銀行は「1.2〜1.3」を一つの基準ラインとして評価する。
  • 空室リスクや金利上昇リスクをシミュレーションする際の基軸となる。
  • デッドクロス対策や出口戦略の判断材料としても機能する。

1. DSCRの基礎:算出方法と構成要素

DSCRを理解するためには、まずその構成要素である「NOI(純収益)」と「ADS(年間元利返済額)」を正確に把握する必要があります。

DSCRの計算式

計算式は非常にシンプルです。

DSCR = NOI(運営純利益) ÷ ADS(年間元利返済額)

構成要素の定義

項目 内容 注意点
NOI (Net Operating Income) 満室想定賃料から、空室損失および運営諸経費(管理費、固定資産税、火災保険等)を差し引いた純利益。 減価償却費や支払利息は含みません。現金の動きに基づいた収益力を示します。
ADS (Annual Debt Service) 1年間に支払うローンの元金と利息の合計額。 元利均等返済の場合、返済期間を通じて一定(変動金利を除く)となります。

例えば、NOIが年間1,200万円、ADSが年間1,000万円の場合、DSCRは1.2となります。これは「返済額に対して20%の収益の余裕がある」ことを意味します。

2. 銀行から見たDSCR:評価の仕組み

銀行にとって融資判断の最優先事項は「貸したお金が滞りなく返ってくるか」です。そのため、DSCRは単なる収益指標ではなく、債務履行能力を測るための厳格な物差しとして扱われます。

銀行が設定する「ストレス」の概念

銀行は審査の際、提出された事業計画をそのまま鵜呑みにすることはありません。将来的なリスクを見込み、数値を厳しめに評価する「ストレス」をかけます。

  • 空室率のストレス: 実際の空室率が低くても、一律で5%〜10%程度の空室損失を控除してNOIを算出します。
  • 運営経費のストレス: 経費率が極端に低い計画の場合、実態に合わせた標準的な経費率(20%前後など)に引き直されます。
  • 金利のストレス(審査金利): 実行金利が1%であっても、将来の金利上昇を見越して3%〜4%程度の「審査金利」でADSを再計算します。
  • DSCRの基準値と評価

    銀行が融資を承認する際の一般的なDSCR基準は以下の通りです。ただし、金融機関の性質(都市銀行、地方銀行、信用金庫など)によって基準は変動します。

    DSCR数値による安全性の可視化

    1.0未満(債務不履行)
    危険

    1.0 〜 1.1
    警戒

    1.2 〜 1.3
    標準

    1.5以上
    優良

    DSCRが1.0を下回るということは、賃料収入だけではローンを返済できず、自己資金を持ち出す必要がある状態(デッドクロスの一歩手前、あるいは赤字経営)を意味します。銀行融資において1.0未満の案件が承認されることはまずありません。

    3. 投資家によるリスク管理への応用

    DSCRは銀行のためだけの指標ではありません。投資家自身が保有物件の健康診断を行うためのツールでもあります。特に「金利上昇」と「空室発生」に対する耐性を把握することが重要です。

    金利上昇への耐性チェック

    変動金利を選択している場合、将来的な金利上昇がDSCRを押し下げます。以下の表は、金利が上昇した際にDSCRがどのように変化するかを例示したものです。

    (前提:NOI 1,000万円、借入額1.5億円、期間30年、元利均等)
    金利 年間返済額(ADS) DSCR 評価
    1.0% 約593万円 1.68 極めて安全
    2.0% 約665万円 1.50 安全
    3.0% 約758万円 1.31 銀行の標準基準内
    4.0% 約859万円 1.16 警戒水準

    損益分岐空室率の把握

    DSCRを1.0に保つための限界の空室率を知ることで、経営のデッドラインを把握できます。NOIの算出過程で空室率を逆算することで、何%までの空室なら手出しなしで運営できるかが見えてきます。

    ポイント:DSCRを用いた安全策
    投資判断の際には、ストレス後のDSCRが1.2を確保できているかを一つの目安にしてください。これにより、突発的な修繕や一時的な空室が発生しても、キャッシュフローが破綻するリスクを大幅に軽減できます。

    4. 高度な応用:融資構成と出口戦略への影響

    DSCRは、融資期間や自己資金の割合を決定する際の根拠となります。また、売却時の評価にも直結します。

    融資期間とDSCRの関係

    融資期間を長く設定すると、毎月の返済額(ADS)が減るため、DSCRは向上します。しかし、これは単に返済を先送りにしている側面もあるため、物件の法定耐用年数とのバランスを考慮する必要があります。銀行は「耐用年数内での完済」を基本とするため、DSCRが高いからといって不自然に長い期間の融資が受けられるわけではありません。

    出口戦略(売却時)のDSCR

    物件を売却する際、買い手も同様に融資を利用します。買い手側のDSCRが確保できない価格設定では、買い手は融資承認を得られず、売却が困難になります。

  • 買い手の融資条件を想定: 買主が想定する金利や期間でDSCRを計算。
  • 適切な売却価格の算出: DSCRが1.2を下回らない程度の価格が、市場で円滑に成約する価格帯となります。
  • バリューアップの実行: 賃料を上げ、管理費を削減することでNOIを向上させれば、高いDSCRを維持したまま、高い価格での売却が可能になります。
  • 5. 税務とDSCR:デッドクロスとの向き合い方

    不動産投資特有の現象である「デッドクロス(元金返済額が減価償却費を上回る状態)」は、DSCRの数値だけでは見えないキャッシュフローの悪化を招きます。

    DSCRの計算式に用いるNOIには、減価償却費が含まれていません。しかし、実際の所得税計算では減価償却費が経費計上されます。減価償却期間が終了すると、会計上の利益が増え、それに対する税金が増加します。その結果、手元に残る税引き後キャッシュフロー(ATCF)が減少します。

    時期 DSCRの数値 キャッシュフローへの影響
    保有初期 安定(1.3以上) 減価償却費が多く、節税効果もあり良好。
    償却終了後 不変(NOIが変わらない場合) DSCRは変わらないが、納税額が増え、実質的な手残りは悪化。

    このように、DSCRは「借入金の返済能力」を示す強力な指標ですが、最終的な投資の成否を判断するには、DSCRに加えて「税引き後キャッシュフロー」の推移も併せて確認することが不可欠です。

    まとめ:安定経営の要としてのDSCR

    不動産投資におけるDSCRは、いわば「建物の耐震基準」のようなものです。表面的な利回り(外観)が良くても、DSCR(構造)が脆弱であれば、経済状況の変化という地震に耐えることはできません。

    これから物件を購入される方はもちろん、すでに物件を保有されている方も、今一度ご自身のポートフォリオのDSCRを計算してみてください。銀行の評価視点を取り入れることで、より冷静で誠実な投資判断が可能になります。

    DSCR活用の3ステップ再確認:

    1. 現状把握: 正確なNOIとADSを算出し、現在のDSCRを確認する。
    2. ストレス分析: 空室や金利上昇を想定し、DSCRがどこまで下がるかシミュレーションする。
    3. 戦略的改善: DSCRが低い場合は、繰り上げ返済や運営経費の削減を検討する。

    DSCRを深く理解し、適切に管理することは、投資家としての信頼性を高め、次なる融資を引き出すための大きな武器となります。中長期的な視点に立った、安定的な資産形成の一助となれば幸いです。

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